第四話 牙城門
「――三嫌人、全力で俺と愚王を護れ。王宮に撤退し態勢を整える」
「承知」
「……イヒヒ」
「あい」
少数の護衛だけを連れたファウロスは王宮に撤退していく。それを見ていたオーギュストがシャルに訊く。
「良かったの? 姫様。ここで倒した方が楽だったんじゃなぁい?」
「ここには民間人が多すぎるわ。巻き込まないためにも王宮でぶっ飛ばした方がいいのよ」
そのままシャルは上空で見悶え続けている変態従者に指示を出す。
「――アン。可能な範囲でいいわ。〝死〟の運命を捻じ曲げなさい。わたくしが玉座に座るための戦いに、無辜の民の血はいらないわ」
「はぁはぁ、みんなの視線が私に――おっと、久々の姿に少々トリップしておりました。了解です、お嬢様」
だらしない顔から一転、キリッとした表情に戻ったアンは胸の前で両手を組み、魔法を発動させる。
ドーム状の魔方陣が一瞬にして構築され、急速に拡大していく。それは王都をすべて包み込んだところで制止する。
それを見届けたシャルは銘々に命令を下していく。
「王都の東に帝国本国兵が来ているわ。北に送るつもりだったのかしらね。いずれにしても王都に入り込まれると厄介だわ。それを食い止めて頂戴――ヤギュー」
「おうよ」
「アオイはこの武闘場の周りで戦っている近衛兵たちと合流して。大丈夫。あなたの知り合いだから」
「わらわに近衛兵の知り合いはおらぬのだが……まあよい。承知じゃ」
当惑に顔を染めながらもアオイは頷く。
「セラは負傷兵たちの看病を。王国の民は決して死なせてはダメ。七竅を使ってもいいわ」
「承知いたしました」
「宰相とローゼリア、ティファニーはこのまま転移魔法で王宮に向かって。ティファニーが飛ばした馬鹿を従えて王宮内をすみやかに制圧なさい」
「承りました」
「了解よぉん」
「おけまるーっ!」
それぞれ一礼とウィンク、ギャルピースで答える。
「それ以外はわたくしについてきなさい」
シャルの指示に疑問を投げるドリアーヌ。
「姫さま……どこいく?」
「決まってるじゃない――牙城門よ」
「?? 分からないけどついてく」
「それでいいわ」
指示を出し終えたシャルは、今一度大きく叫ぶ。
「ルードっ! この場にいるのでしょう? 降りてきなさいなっ」
それは友を呼ぶものだった。
「――おお、俺ぇぇッ!? どうして俺がここにいるって……」
驚愕するルードの声に口角を挙げる。顔を向けると、目を見開くルードの姿があった。
帽子をかぶり、少し髭を蓄えてはいるが、間違いなく三か月前に見た顔だった。
「すべてはわたくしの想定どおりだからよ」
その言葉に一瞬見惚れたルードは、すぐさま観客席から立ち上がり舞台に降りようとする。
しかしその道を帝国兵が阻む。
「貴様! シャルロットの関係者だな! 何者か知らぬが死んでもらおう!」
「え? いやッ、ちょッ! ここは感動の再会なんだから無難に会いに行かせろよ!」
剣先を向けられながらも腰を抜かした様子がないため、少しは成長したようだ。
「問答無用ッ」
と勢いよく剣を振りかざしてくる帝国兵。
さらにそれを遮ったのは、一つの影だった。
キィン、と帝国兵の攻撃を防いだのは一人の獣人。
「――いやはや。お互い、また生きて会えたね――ルード君」
「ドルリーさん!」
獣王配下のドルリーがその影の正体だった。
「何や――っがはッ」
ドルリーによって倒される帝国兵。それを視界に納めたままシャルが問う。
「どうやら無事に言伝は伝えてくれたようね」
「はい。獣王配下を含め混成国家軍、精鋭百名が海より王国に上陸いたしました。ご指示を」
「王都中で戦いが起きてるわ。押されているところに支援をしてあげて頂戴」
「了解です。ということでルード君。早くシャルさんのもとに行くといいよ。すべてが終わったら、またゆっくり話そうね」
「……はいっ。絶対ですからね、ドルリーさんっ!」
ドルリーと別れたルードが、舞台に降りてきて合流する。
「――お久しぶりね、ルード」
「へへっ、おう。しっかり王国中に広めたぜ――お姫様」
どこか照れくさそうなルード。
「よくやったわ。後でご褒美あげるわね。ふふ」
「ご褒美……ぱふぱふ……?」
とスケベな顔で妄想に耽るルードをよそに、シャルは臣下を連れて牙城門に向かう。
大武闘場を出ると、近衛兵と魔法騎士隊が衝突していた。
「仲間割れ……?」
とドリアーヌが小首を傾げる。
「いいえ、あれは近衛兵に扮した火の国の侍よ」
「なんじゃと!」
アオイが驚愕する。
「ティファニーが火の国から転移魔法で運んで、帝国を出発していた近衛兵を襲ってなり替わっていたのよ」
「そんなことが……」
「だから言ったでしょう? あなたの知り合いだって」
とアオイに向き直る。
「帝国兵に対して慈悲は無用よ。この国を好きと思ってもらえるのなら、あなたの力を貸して欲しいわ」
「うむ! ここで受けた恩を返すとしようっ。この国は食事も美味であるしな! 相分かった! 剣巫女アオイ。全力でシャルの味方をするのじゃっ!」
「うふ。ありがと。お礼にもっと過激な服、買ってあげるわね」
「そそ、それは……うむ……よきにはからえ、じゃ」
それだけいい残し、アオイは近衛兵のもとに駆けて行った。
「じゃ、儂も向かうとするかな」
「ええ、頼むわね。それと、よく来てくれたわ――ありがとう」
「儂は姫さんの臣下だからな」
ニカッと笑ったヤギューもまた、シャルたちから離れていく。
王都のあちらこちらで戦いが起きている。
その渦の中を歩きながらルードがシャルに問う。
「……なぁシャル。すべて想定どおりって言ってたけどよ、どんな計画を立ててたんだ?」
「んーとねぇ」
とシャルが人差指を唇にあてる。
「三か月前にルードが王都を旅立ったと同時に、ティファニーを火の国に飛ばしたの。そこで向こうの戦力と合流して、帝国の西に飛んでもらったの。あとは帝国を出た近衛隊を丸っと襲撃して変装。ティファニーは四番隊隊長に成り代わってファウロスの傍にいさせた」
「ティファニーって伝説の魔女じゃん……じゃ、じゃあドルリーさんは?」
「ドルリーには獣王への伝言を頼んでいたでしょ? あれは戦線に配置する部隊は最小でいいということと、海のルートから精鋭を送り込んでほしいというものだったの」
「ほう……?」
「もともと北を動かす予定ではあったのだけれど、タイミングよくあなたの知り合いに獣王の配下がいて、〝海〟というルートが作戦上に浮かび上がった。人脈も力ね、ルード」
よくわからないが、己の力とドルリーを褒められたような気がして照れくさそうに鼻を擦るルード。
「そして北の戦線に送り込まれた元王国兵六百名は、わたくしの配下であるローゼリアが纏める馬鹿たち。わたくしの号令で死ぬことすらも厭わない無双の兵。それを王宮に、近衛隊に扮した侍たちはこの武闘場近辺に配置した」
つまりね、とシャルが作戦を総括する。
「北からは混成国家軍が、東はヤギューが帝国本隊を抑える。西からは獣王配下の精鋭が、武闘場の周りには侍二千、王宮内は八陣二名に馬鹿が六百。さらにこれからわたくしたちが牙城門から王宮内へ入る。あとはもう、敵を斬るだけってことよ。お分かり?」
「お、おうっ! なんかもうチェックメイトってカンジなのが分かったっ! でも教国が動いたのは偶然だろ?」
「……まったく、あなたって肝心なところは鈍いのね」
と呆れたようなシャルの顔。
「へ?」
「それは私からお話ししましょう」
後ろに控えていたアンが口を開く。
「え? ってなんで浮いてるんですか、アンさん! なんか神々しいし……」
中空に浮きながらシャルたちの後ろを付いてきていたアンに驚愕するルード。
「これでも一応神でしたので。それで教国なのですが、あそこは多神教の宗教国家です。私が神であることを示せば、それはもう馬車馬のごとく働いてくれます」
「つ、つまりアンさんが教国を動かしたと……?」
「その通りでございます。もっとも、それを指示したのはお嬢様ですが」
アンの言葉を受けてシャルを見ると、ふふん、と自信気な顔をしている。
「なるほどなぁ。シャルってばすごかったんだな! でもよ、じゃあなんで牙城門に向かってるんだ? 王宮とは反対の方向だぜ?」
戦闘音に囲まれつつ、歩きながらルードがシャルに問う。
「あなた――〝牙城〟の意味は分かる?」
「あれだろ? 組織とか勢力の中心って意味だろ? 流石にそれぐらいは知ってるぜ!」
「そう、本丸。つまり牙城門は本丸の門――王宮へと繋がる門なのよ。だから〝牙城門〟」
「……はじめて知った」
黙って話を聞いていたドリアーヌも驚きの声を上げる。
「なるほど……っ! てかそれを俺に言ってもよかったのか?」
「ええ、問題ないわ。だってこれを使うのは、わたくしが最後だから」
「…………っ!」
シャルの言葉に息を飲むルード。言葉の端々から覚悟を感じられたからだ。
――このようなことは繰り返させない、と。
そうして攻撃してくる帝国兵を軽く振り払いながら歩き、一行は牙城門に到着する。
荘厳さを兼ね備えた白亜の門。
その門を見上げながらドリアーヌが口を開く。
「……入口どこ? わからない」
ぺしゃんと耳を萎れさせたドリアーヌに微笑みながらシャルが答える。
「そりゃあ見えるようにはしていないわよ。魔法で開けないとね」
シャルが右手を門に翳し、口上を述べる。
「『――凱旋す、凱旋す。我は覇道を歩みし王者なり。並ぶものなき王者なり』」
ごくっ、とルードが生唾を飲む。
シャルの詠唱で門そのものが輝きだしたからだ。
門を中心に天に向かって五重の魔方陣が展開される。
一行が固唾を飲む中、ついにシャルが詠唱の結言を述べる。
「『――開けっ、牙城門! わたくしのお胸は世界一っ!』」
「…………は?」
というルードの声は掻き消えた。
刹那、展開された魔方陣は収束し、門の中心に白銀に輝く魔力でできた門扉が現出した。
「さ、この中を潜れば王宮、それも玉座へまで一っ飛びよ!」
シャルが勝気な表情で宣言するが、それにツッコむのがルードである。
「――いやなんだよっ、最後のっ……!」
「開錠の文言よ。わたくしがお母様からこの牙城門の秘密を教えてもらった時に設定したの。代々、王はこの牙城門の開錠詠唱を好きにできるのよ。ちなみにお母様は『ケーキが食べたい』だったわ」
「娘が娘なら、母親も母親なのか……」
少し疲れた様子のルード。
それを無視してシャルは高らかに宣言する。
「――さあ、参りましょうか。わたくしの玉座へ……!」
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