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その姫、“はれんち”につき。  作者: 美貴
第3章です、お嬢様 欲望を曝け出すのも結構ですが人の目も気にしてください
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第六話 チョロい姫はお好きですか?

「ううぅぅ……っ。ひもじい……いや腹など……減ったわ! 意固地になるのももう限界っ。もう無理じゃ! わらわはひもじすぎて死んでしまう! お父様ぁぁぁ!」


 王都の路地裏で、三十路大号泣。


 凛々しい姿はすでにない。


 安っぽいプライドも投げ捨てて空腹にあえぐ。


 すでに『年中酔い』での一件から三日が経っている。全員気絶させたから当然の如く追手は無く、しかし金もないため再び餓死寸前となっていた。


 火の国を出た時に来ていたキモノはすでに売り払っている。


 最初は火の国にしかない香辛料や螺鈿細工などを売った。次は自らの食料を売り、果てには己の衣類まで売る始末。


 三十歳を過ぎて初めての旅に出たアオイはポンコツだった。


 二十年以上も帰ってこなかった父親がふらっと火の国に戻って来たのが十か月まえ。その時のやり取りを思い返すアオイ。


 ――あれはいつものように、民衆の前で剣舞を奉納した日の夜だった。


 将軍家及び火の国の守り神への祈りを納める剣巫女であるアオイには、毎日様々なところから豪勢な食事がもたらされる。それを近習同伴で食す。酒も奉納されるが、巫女たるアオイは口にしてはならない。清い身体でなければならないからだ。


 もちろんアオイは処女である。


 同じ毎日を、同じ方法で過ごしていく。


 そのことに対して幼い頃は反発もしていたが、二十歳も過ぎれば諦めの感情に支配される。


 父親が家族や仕事をほっぽり出して国を出たことも要因としてはあるだろう。


 いずれにしてもアオイの人生は灰色だった。


 そんなある日、剣舞奉納を終えたアオイが城に戻ると納められた酒を浴びる様にして飲み干す磯臭い親父の姿。


 どこの不敬者かと問い詰めれば、まさかまさかの己の父親だった。


「ったく……ちったぁ成長してるかと思いきや、全然だなぁ葵」

「……っ! 家族を捨てた者にそのように言われたくはない! 疾く去ね!」


 帰って来てくれたことに対して嬉しい反面、悪びれない態度に腹が立った。


 だから強い口調にもなってしまう。しかしそれを意に介さず、ヤギューは衝撃の言葉を発する。


「おい葵」

「なんじゃ! 今更父親面しおってっ」


 といいながらもしっかりと父親に対面するアオイ。


「儂が世話になった国で大変なことが起きていてな。悪ぃが葵、ちょっとその国に行ってこい」

「はぁ? わらわに剣舞奉納の義務を捨てて旅に出ろと? そもそもこの国を勝手に出ることはご法度じゃぞ」


 そう。この火の国では許可なく国を出ることは固く禁じられている。


 然るべき方法で、然るべき手段で、然るべき事情がなければ国を出ることは叶わない。


 そのような国からぷらっと出奔し、これまたふらっと帰って来られるヤギューがおかしいのだ。

 〝剣神〟は火の国のみならず、世界最強の剣士に与えられる肩書。それを有するヤギューだから許されている。


 ゆえにいくら剣舞を奉納できる唯一の巫女であるアオイと言えども、「父親に言われたので」といった理由では国からは出られない。


 そういった背景があるから、葵もこの年まで一人で旅をしたことがないのだ。いや、旅どころか買い物一つもしたことがない。


 アオイは守り神に最も近き存在。


 世俗とは一線を画した存在として生きてきた。


 そんなアオイは、ただの世間知らずのむっつりスケベでしかなかった。しかしそのようなポンコツでも、ヤギューの台詞には無理があるように感じられた。


 が、それを覆すのが剣神だった……。


「もう将軍には話を付けてきた――火の国の総力をもってコアハード王国をセントガイア帝国の手から解放する、とな」

「む? コアハード王国? セントガイア?」


 決して『はーどこあぷれい』みたいだな、なんて思ってはいない。アオイは清らかな巫女なのだ。


 ハードプレイがなんのプレイかは知らない。激しい事しか知らない。 


「儂が世話になった国がコアハード王国で、それを手中に収めたのがセントガイア帝国。お前の剣舞にもあるだろ? 『姉妹双剣』の舞。火の国とコアハード王国は昔から姉妹関係なのさ」 


 ほう、と感嘆の声を漏らす。


 そのような事情はまったく知らなかった。


 姉妹双剣の舞は剣舞の中でも一際緩やかで、艶やかな舞だ。


 ちょっと裾をチラッとめくったりと、なんだかやらしいなぁ、とは思っていたが、まさかこの国にそれほど関係の深い国があったとは。 


「どちらか一方の国が危機に瀕したならば、もう一方の国が総力をあげて救助する。それが二国間での盟約。ゆえに将軍も許可を出したのさ」


 ヤギューの言葉に疑問が生まれたアオイは、もはや反抗的な態度は鳴りを潜め、素直に質問をする。まだまだ親離れができない三十路である。


「許可――というのはわらわが国を出ることか? しかしわらわだけでは総力とは……」


 アオイは強い。


 腕に覚えのある侍を百人相手にしても容易く封殺できるほどには、強い。


 しかしそれでも一人では国を救うことはできない。


 そもそも、そこまでして国を救うだけの義理がアオイにはない。


 初めて聞いた国。 


 初めて聞いた火の国との関係。


 初めての旅。


 初めて尽くしの自分が尽力するだけの理由もない。なによりも面倒くさい。


 そう思っていたところに、ヤギューが想像を超える発言する。


「そりゃあそうだ。いくら強いっつっても一人では限界がある――儂以外ならな」


 だから、と一気に酒を飲み干し告げる。


「将軍は侍二千名を王国に送ることを決定した。つまりお前はその先遣隊みてぇなもんだ」

「二千……! それだけの侍をっ! しかしどうやってじゃ? みんな仲良く歩いて行くのか?」


 侍は基本、個人主義的であり、一匹狼的行動をとる。しかし腕は立つ。ゆえに戦においては正面突破が常。権謀術数を駆使して計略を尽くすことはしない。 


 ただ、あらゆる局面を正面から叩き斬るのみ。


 その侍を二千も送り込む。 


 開いた口が塞がらなかった。


「まぁ、それは儂の方でなんとかするさ。助っ人もいるしな」

「助っ人……?」


 というアオイの呟きは無視された。


「とにかく! お前はのんびり西に向かって旅をすりゃあいいんだよ! よく言うだろ〝可愛い子には旅をさせろ〟って。皆からちやほやされてばっかりだから、そんな高慢ちきの姫様みたいになったんだよ。もっと自由でいいんだ。好きなことをしろ! 人生は一度きりなんだからよ!」


 びしっと指を指しながら諭すような口ぶりのヤギュー。


 含蓄あることを言ったかもしれないが、アオイの胸を貫いたのはたった一言だった。


「可愛い? わらわ……可愛いのか……? えへへ」


 綺麗や美しいという美辞麗句は毎日のように浴びている。


 しかし可愛いという世辞はここ二十年ほど耳にしていない。


 その言葉を父親から謂われたのだ。頬がにやけるのも無理はないだろう。


「分かったか?」

「うむ。わらわ、旅に出るのじゃ!」


 三十路はポンコツで、ちょろかった。


 ――そうして意気揚々と国を出たのが十か月まえ。


 露店での買い物から馬車の乗り方、宿での規則や危険地帯情報の共有などなにも知らず、結局ヤギューが一体どうやって侍を大挙させて西に向かうのかも聞いていないアオイは、土に塗れ、犬猫の糞に塗れ、人に騙され、人に優しくされ、旅を続けた。


 ヤギューの話では半年もあればコアハード王国に着くとのことだったが、五割増の時間がかかってしまった。


 なによりも問題なのが、お金が尽きたこと。


 空腹に耐えながらなんとか王国に辿り着いたのが三日まえ。街から漂う香しい匂いに誘われて、気が付けば汚い店の前で行き倒れていた。


 もはや匂いだけで逝ってしまうという状況を救ってくれたのが、シャルを筆頭とした『年中酔い』の面々だった。


 久しぶりに口にするまともな料理は、これまでの人生でも一、二を争う美味だった。あまりの美味しさに涙も出た。


 旅の道中、〝話し方が調子に乗ってる〟と言われ揶揄われたことも絡まれたこともあった。その悉くを斬って分からせた。


 しかし『年中酔い』では、店員も客も皆が笑いながら接してくれた。 


 一食の恩を返すためにスケベな服を着て慣れない接客を頑張ろうともした。


 そこに闖入するは無粋な帝国兵。なにやら状況が理解できずに、結局小競り合いを起こしてしまい恩は返せていない。


 路地裏で横になりながら三十路は独り言ちる。


「……お父様の説明ではよく分からなかったが……帝国というのは良いものではなく、王国は良いものだな」


 ――食事に恵まれ、人も暖かい。


 倒れている異国人である自分を助けてもくれた。


 正直、火の国からの救援というものに熱が入っていなかったのも事実。


 しかし今は違う。


 必ずやこの国を帝国の手から解放し、正統な者に統治してもらいたいと強く思う。 


「しかし……それまでわらわは生きていられるかのぉ……お腹減った……」


 ぐぅーと鳴る腹を擦りながら瞳を閉じる。


 疲れ切っていたのか、それとも単に栄養不足で集中力が切れていたのか、声をかけられて初めてアオイは誰かが自分を見下ろしているのに気が付いた。


「やぁっと見つけたわっ」

「…………?」 


 ゆっくりと瞼を開ける。


 ぼやける視界に映るのは、青い髪をポニーテールに纏めた、やけに胸の大きい女性だった。

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