第五話 剣巫女
一気に緊迫感が店内を占める。その状況を覆すは店の大黒柱――セラだった。
「――あたしが教えてやったのさ、帝国の旦那」
タオルで手を拭きながら厨房から出てくるは、シャルの頼れる筆頭メイド。
「次から次へと……ッ。貴様は?」
「あたしぁこの店の主――セラ。元王宮に努めていたメイドだよ。帝国から来たということは、ファウロス殿下の指示だろ? なら、あたしのことも聞かされていないかい?」
セラの言葉ですぐさま帝国兵の一人が資料をさらう。その中にセラの情報があったらしく、詰問していた巡検の長に頷く。
「王宮に勤めていた者が店主をする店か……怪しすぎると思うのは俺だけか?」
「いんや。店を開いてからこっち、ずっといらぬ噂を立てられているよ。曰く〝王国派のアジトだ〟とか〝行方不明の姫を匿っている〟とかね」
「だろうな。無関係と決めつけるには愚考すぎる。徹底的にこの店を調査させてもらうぞ」
巡検の長の台詞で、帝国兵一同の空気がピリつく。
あちゃー、これはやってしまったかしら、とシャルが額を抑えていると、店内で凍り付いていた客たちが抗議の声をあげる。
「ちょ……ちょっと待ってくだせえよ帝国兵の方たち! たしかにセラさんは王宮に勤めていたかもしれねぇけどさ、それがそのまま怪しいって断定するのはねぇぜ! この人たちとこの店が無けりゃあ俺たち、明日からどこで酒飲んで飯食いやあいいんだよっ」
「そうだッ。ちょっとのセクハラも許してくれて、安いこの店が最高なんだ! 潰さねぇでくれよ!」
「セラさんやシャルちゃん、アンちゃんがいるからツライ労働も頑張れるんです! どうかお考え直しくださいっ!」
「なんだ貴様たちはッ。動くなといっただろうがッッ」
数名の客が帝国兵に直談判をする。その小さな灯はやがて周囲に伝播する。
店内の客の全員が立ち上がり、銘々傍に居る帝国兵に嘆願を始めたのだ。
それを見てシャルが感慨深い声を漏らす。
「……やっぱりこの国はまだ、捨てたものではないわね」
シャルの呟きにアンが応じる。
「これが一年間の下町娘プレイの結果でございます。私のいった通り、火の国に向かわなくて正解だったでしょう?」
「そうね。火の国でヤギューとともにはれんちな遊興に浸るのも惹かれていたのだけれど、これはこれでいいものだわ」
「ご褒美にお尻を叩いてくれてもいいのですよ?」
「流石にこの状況ではねぇ……」
「それがいいのに――まったく、オープンになりきれないスケベでございますね」
なにおー! と言おうとしたところに、これまで口をつぐんでいたドリアーヌが口を開く。
「姫様、これはたいへん」
「? どうして? 彼らも直に退散するでしょ?」
「ううん。帝国もあせっている。姫様の捜索をジャマするものは斬っていいとお達しがでた。あの人たち、あぶない」
「あら? あらあら? そんなに緊迫しているの?」
「緊縛? いま緊縛っていいました?」
「ちょっとうるさいアン。黙っていなさい。パンツを口に詰めるわよ」
「バッチこい!」
「もうっ。この変態従者!」
ドリアーヌとの会話が進まないために、雑に、しかしかなり力を込めてアンの臀部を叩く。
「おっふ。これはなかなか……」
アン、悶絶。
二人のやり取りを微笑ましく見ていたドリアーヌ。
「……ふふ。やっぱり二人はおもしろい。姫様、たぶんあたしがいえば何とかなるとおもう。でもなんていったらいいのかがわからない。まかせた!」
ふんすっ! と鼻息荒くシャルに丸投げ。
「あなたの任務は? なにをしろと言われているの?」
「あの人たちと一緒に姫様の捜索のおてつだい。知っている顔があればおしえてって」
「そう」
シャルは瞬時に熟考する。
ドリアーヌはシャルの直臣で、王宮に残った数少ない者。猫の獣人である彼女の特徴は、優れた聴覚と嘘の付けない耳と尻尾。
つまり彼女を天然の嘘発見器として利用しているのだろう。
ドリアーヌの不世出の料理の腕を蔑ろにしている帝国のやり方に憤りを感じる。しかしドリアーヌが来てくれたからこそ、この状況を打破できるのもまた事実。
運命――といえばアンに怒られそうなものだが、この縁に感謝もする。
シャルが打開策をドリアーヌに伝える。そして彼女が頷き言葉を発す。
「ちょっとまって」
店内の視線が一手にドリアーヌに向けられる。それを確認してからドリアーヌは二の句を継ぐ。
「セラねぇは王宮のメイド長だった。でもいい人。許してあげて」
「……それは分かっている。だからこそ警戒しているのだ。で、その旧友とやらはシャルロットとアンテロスではないのだな?」
巡検長が単刀直入に訊いてくる。視線はドリアーヌの耳と尻尾に向けられている。
「――ちがう」
陽気に揺れていた尻尾が僅かに止まる。このままでは嘘だとバレてしまう。ゆえにすぐさま台詞を続ける。
「姫様の髪のいろは、すきとおるようなピンクいろ。アンテロスはかがやく白い髪」
尻尾が再び揺れ出す。この事実は嘘ではないからだ。
「…………なまえは似ているけれど、この人たちは昔からのおともだち」
尻尾の揺らぎは継続している。
「だが貴方はシャルロット姫の直臣だった」
「うん。だけどあたしは料理人。料理を褒めてくれて、好きに料理をさせてくれる人の味方」
その味方がファウロスとは言っていない。
「……了解した。ドリアーヌ様がそこまで言われるのならば、そこの三人は見逃そう。しかしこの黒髪の女はダメだ」
「なっ! なぜじゃっ! この流れでは、わらわも無罪放免じゃろうが!?」
異邦の女性、目を丸くする。
「ドリアーヌ様の知人でもなく、身分証もない。そもそもどうしてこの店で働いている」
「そ、それは本当に成り行きなのじゃぁ……。空腹で――あ、いや、ちょっと元気がなくて倒れているところを助けてもらって……」
巡検長は、ふん、と鼻を鳴らす。
「言い訳や虚構のストーリーは後でたっぷり訊かせてもらおう。見てくれは悪くないし、イロイロとな」
と下卑た視線を投げる。
「くっ……!」
帝国兵に詰め寄られていく女性。だがシャルは動かない。大丈夫か、という視線をアンやセラ、ドリアーヌから向けられるがシャルは黙して頷くのみ。
――そう。ここでは、この女性を助けることはしない。
いや、助けようと思えば助けられるのだが、それではリスクがある。この女性を切り捨てることで状況を打破できるのであれば、喜んで切り捨てる。そういう考えがシャルにはある。
それともう一つ。
仮にも火の国の者であるのならば、己が力量で切り開いて欲しいと思うからだ。
ヤギューから侍のことを聞かされたことはあれど、実際にヤギュー以外の火の国の人間を見るのはこれが初めて。如何ほどの実力か見てみたい、という利己的な目論見も当然ある。
また火の国の者であれば命と誇りの具現のある〝刀〟を必ず帯刀しているはずなのに、この女性にはそれが見当たらない。路銀のために売ってしまったのか、そもそも持ってくるのを忘れたのか。
彼女ほどのポンコツであればありえそうだ。
そうして極めて冷静に状況の推移を観察していると、ついに女性が動いた。
「……もはやこれまでかっ。セラ殿、シャル殿、アン殿!」
大きく声を上げる。
「一食のご恩、働いて返そうにもそれが叶わず、極めて遺憾じゃが! わらわ大ぴんちゆえ戦術的撤退をすることにするっ」
「逃げる気かッ。やはり他国から、それも反帝国の……ッ」
帝国兵の多数が抜剣し、幾人は魔法の発動に着手する。
抗議をしていた客たちは蜘蛛の子を散らしたように壁際まで逃げる。
女性を中心とした円形に配置した帝国兵。
逃げ場はなく、生身の女性には為す術はない。
自身を取り巻く敵をぐるっと見渡した女性は、白く輝く歯を見せる。
「逃げる? 人聞きの悪い……。わらわは撤退をするのみよ。――聞けい、下郎ども!」
胸を膨らまし、その名を叫ぶ。
「わらわの名は葵! 遠く火の国より罷り越したるは、剣客たる姫巫女である!」
パンッ、と胸の前で両手を合わせる。
次いでその手を横に広げると、紫電を帯びながら両手の間に一振りの〝刀〟が顕現する。
――朱色の鞘、金色の鍔、紺碧の柄のそれ。
中空に浮いていた刀を左手で掴み、左腰に構える。右手で柄を抑え、鯉口を切る。
シュラン……と滑らかな音を伴って抜き放つ葵と名乗った女性。
濡れたような刃を煌めかせ、眦を吊り上げる。
鞘を掴んでいた左手を離すと、それは鞘尻の方から空気に溶けて消える。
「縁あって、火の国は総力をもって王国を支持する! わらわがこうも易々とここまでこれたのじゃ。いったい如何ほどの侍がこの国にいるのであろうな?」
にやりと自信気な、シャルの記憶と同じ笑みを浮かべた葵は両手で柄を握り顔の右側に持っていき、切っ先を敵に向ける〝霞の構え〟をとる。
刹那――轟っと殺気のような、威圧のような、熱のような圧迫感がアオイから発せられる。
「……ッく、なんだこの圧迫感はッ」
その姿に気圧される帝国兵たち。
だがシャルにとっては懐かしいものであった。
「剣気……か。それにアオイって……ふふ」
見覚えのある力――。
聞き覚えのある名前――。
シャルは口角があがるのを自覚する。
「剣巫女葵――罷り通るっっ」
一歩踏み出す。姿が消える。
つぎの瞬間にはすべての帝国兵が地に伏していた。
葵はもう、店のどこにもいなかった。
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