第二話 バニーガールはお好きですか?
シャルが豪語した通り、店――『年中酔い』というらしい――の店主が提供してきた食事は衝撃を覚えるほどの美味だった。
家柄が良かったこともあって、幼少期より高級な食事をしてきた自分は舌が肥えており、二十歳も過ぎるころには食事で感動することなどなかった。
それがどうだ。料理を口へと運ぶ手が止まらない。もちろん空腹ということもある。それでもこの体に染み入る感じは、筆舌に尽くしがたい。
「ふっふっふっふ! どうやら涙を流すほど美味しいみたいね!」
言われて気付く。自分の頬が濡れていることに。
「うみゅ。虚飾を尽くすことで誤解されかねぬから率直に申そう――大変に美味である、と」
「はっはっは! これほどまでに喜んでくれるのなら、店主としてこれ以上ない誉だね」
セラと名乗った店主も誇らしそうに微笑む。
それからはもう、言葉を発する間も惜しかったので無言でかきこんだ。
大きく満ちた己の腹を擦りながら異邦者は口を開く。
「うむ。わらわは満足である。大儀であった!」
むふー! とご満悦。その向かい側に腰かけていたシャルが女性について訊く。
「……で? 結局あなたはどこの誰で、どういう目的でここに来たの?」
しばし熟考してから女性が答える。
「詳しくは言えぬ。それは本当に申し訳ないと思う。しかしこちらにも事情があってな……。深くは尋ねないでもらいたい」
されど、と女性が二の句を継ぐ。
「このご恩は決して忘れない。決してわらわは空腹で倒れていたわけではないが……! それでも助命してくれたことには感謝している。渡せる金子はないが、腕は立つ。貸し一つということで手を打ってもらいたい」
「…………」
訝しむ目を女性に向け続けていたシャルが、その言葉を聞いてニマァとして笑みを浮かべる。
「なら早速借りを返してもらいましょうか! 脱ぎなさいな!」
「なっ! 初対面のわらわに脱げと申すか! しかもこのような場末の店内で、陽のある内から!?」
「その場末の料理で助かったのは、どちらのどなたさんだった?」
「うううっ」
「大丈夫よ。ちょっとわたくしが購入した服を着てもらいたいのよ。所謂マネキン代わりになって欲しいのよ」
「このわらわに、着せ替え人形になれと……?」
「ええ。だって貸し一つ、なのでしょう?」
――口は災いの元。
そのことをひしひしと感じる。ついに折れた女性は同意する。
「……相分かった。わらわに二言はない。さぁ、寄こすがよい。見事に着こなして進ぜよう」
「はいはぁい! じゃ、これね! 着替えは二階の部屋を使ってくれていいから」
そういってシャルは近くの机に置かれていた荷物を手渡してくる。それを受け取り二階へ姿を消す女性。
それを遠巻きに見ていたアンが、シャルに近づき問うてくる。
「よろしかったのですか?」
「んー? なにが?」
「先ほどの三十路様です。明らかに火の国の関係者です。お嬢様の素性をお教えすべきでは?」
「ああ。そういうのはいいのよ。いずれ必要とあれば知るでしょうし、今じゃなくてもね。それよりもセラ姉の料理を食べたんだから、しっかり働いてもらわないと」
口元に手を当てて、なにか含んだような笑みのシャル。
「まったく……頭がいいのか悪いのか……」
呆れるアンを鼻で笑っていると、着替えが終わったのか、凄い勢いで女性が二階から降りてくる。
「ななな! なんなのだこの服はぁっ!」
「あら。ばっちり着こなしているわね。経験あったのかしら」
シャルとアンの前に姿を現したのは、黒い兎耳を生やし、大きく胸元の空いている服を着た女性。豊満な脚に食い込む網タイツがとってもセクシー。
――バニーガールに扮した異邦者だった。
「よく着方が分かったわね、あなた」
ふん、と鼻を鳴らす女性。
「わらわの国の男共はすけべぇな奴が多くてな。このような衣装は広く浸透しておる。ここまで縫製がしっかりしたものは初めて見たが――ってそうじゃない! どうしてわらわがこのようなすけべぇな服を着なければならんのだっ」
「料理」
「うぐっ」
「美味しかったわよね?」
「ぐぐぐっ」
すでに勝敗は決している。下唇を噛み締めながら女性はシャルを睨む。
バニーガール姿をじっくりと見て回るシャル。女性の周囲をくるくると回りながら検分していき、果てには下から覗くような形でも注視していく。
それを恥ずかしそうに、しかしながらどこか興奮した様子で耐え忍ぶ女性。
その顔色でピンときたアンはシャルに助言を与える。
「お嬢様。どうやらその三十路様は見られるのが好きな露出癖があるようです。もっとじっくりねっとりねろねろと熟視してあげたらどうです」
「あら。露出変態ドⅯ従者のあなたが感じ取れるということは、同類なのかしら。あなた」
「……違う。興奮なんかしてないもん、わらわ」
「――のわりには、胸を押さえているわね。胸が高鳴っているのでしょう? 興奮しているのよ。下の方は大丈夫かしら? 濡れてない?」
「違う!」
「違わないでしょ?」
「違う! 胸のサイズが大きすぎて合わないのじゃ! こんなふざけた大きさの胸の人間がいるはずがない! これは欠陥品じゃ! ほれっ、ぶかぶかじゃ」
そういって己の胸と服の間のスペースの手を出し入れする。
「だってもともとはわたくしが着るために買った服だしね。そりゃ合わないわよ。わたくしの胸は世界一だから」
と大きく、文字通り大きな胸を張るシャル。
「ううううっ。たしかにわらわが思わず嫉妬してしまうほどの胸じゃ……」
床に膝を突いてしまう勢いで落ち込む女性。決して小さくはなく、美乳といっても過言ではないのだが、シャルの破壊力の前には塵となってしまう……。
「にしてもあなた、随分とはれんちな脚をしているわね。ちょっと揉んでいい?」
シャルの目を惹いたのは、長い黒髪でもなく、慎ましい胸でもなく、切れ長な瞳でもなかった。
――その網タイツに食い込む脚。それこそがシャルの興味を惹いたのだ。
「おお、おぬし! まさかおなご同士で乳繰り合うのが趣味なのか? 西は進んでいると聞いていたが、よもや肌を重ねるほどとはっ」
驚きながらもどこか期待している様子だ。
やはりこの女性はシャルと同様にむっつりなのだろう。
そうしてやいのやいのと盛り上がっていると、そろそろ開店の時刻が迫って来ていた。
「――よし! その素敵な脚をもつあなたに名誉ある仕事を与えてあげるわ! 今日一日、この店で店員をすることを許可してあげる!」
「――っな! このわらわに愛想を振りまけというのかっ!?」
顎を上げながら指図するシャルの姿と、尊大な態度のなかにどこかポンコツが見え隠れする女性を見てアンは思う。
まるで姉妹みたいだな……と。
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