第九話 火の国にて
「やっと!? やっと見つけたぞっ! ヤギュー様っっっ!」
石造りがメインの王国とは異なり、木造平屋建てが主な街並み。
道行く者はキモノという東方独特の衣装を身に纏い、腰には反りのある剣を佩いている。
しかしその者らの顔には見覚えがあるものだった。
――しかるに、鼻の下を伸ばして赤ら顔。
風俗街らしき地区の大通りを闊歩する男の背に声を投げる活発的な印象の少女。
「およ……? この国でその名を呼ばれるのは珍しいな。お嬢ちゃん、西から来たのか?」
振り返り、肩越しにこちらを向く顔は、間違いなく先代女王ヴィルヘルミナの最後の家臣にして、美姫シャルロットが誇る直臣の筆頭――バンサイ・ヤギューに他ならなかった。
眼光鋭く、しかし頬を赤らめ鼻の下を伸ばした締まりのない顔。
……間違いなく、女遊びに興じるスケベ顔。
七竅が一人、俊足をもって遠路遥々火の国まで来ていた左聽はヤギューに詰め寄る。
「七竅だぞっ! ずっとずっと探してたんだぞ!」
「おお! そうかそうか! 長旅ご苦労さんだったな。ま、こいつで美味いもんでも食って疲れを癒すといい」
そういいながらいくらかの金子を左聽に手渡し、この場を去る様に伝えてくるヤギュー。
「わぁい! ありがとうだぞっ!」
「おう! 火の国の飯はなんでも美味いからな。片っ端から食べ比べてみるのもいいかもしれん。――じゃ」
といって、そそくさとその場を離れようとするヤギュー。
「――ってそうじゃないぞっ。僕はヤギュー様とこの国に救援要請をしにきたんだぞっ!」
ヤギューの腰を掴みながら左聽が叫ぶ。ちなみに左聽は右眼と同様に仮面をしているため、傍から見れば不審な光景である。
それを面倒臭そうな顔をしながらヤギューが引き離す。
「ええい! 離れろ! なんだよ、たいみんぐが悪ぃ奴だな! やっとの思いで遊郭一の花魁に予約が取れたんだよ! あーそーびーにー行―かーせーろーよー!」
「ダメだぞっ! やっと見つけたんだ! このまま王国に来てもらうぞっ」
「せめて明日にしろよ! 予約を取るために半年も通い続けたんだ! 後生だ!」
「ダメダメだぞ! お姫様が大変なんだ! 早くヤギュー様が助けに行かないと大ピンチなんだぞっ」
大ピンチ。
その言葉でヤギューの顔が、剣呑さを帯びたものに変わる。
「……なにかあったのか……?」
「北のエルフとか獣人族が立ち上がったのと、それを迎え撃つために帝国が挙兵するみたいなんだぞっ」
眉間に皺を寄せるヤギュー。北と帝国がぶつかっても、なにも変わりはしない。いや、単に北が殲滅させられて終わるだろう。なぜそのようなことになったのか、ヤギューには知る由もなかった。
「姫さんはどうしてる……」
「酒場の店員に変装して、楽しそうにしてる……」
ヤギューの眉間の皺が一気に解消される。
「なぁんだ! 心配して損したぜ。〝大ぴんち〟なんていうもんだから姫さんになにかあったのかと思ったぜ」
あー心配した、と安堵したヤギューは再度左聽を引き離す。
「ヤギュー様っ」
安心しろよ、とヤギューが白い歯を輝かせながら宣言する。
「儂は八陣守護姫臣、序幕――バンサイ・ヤギューだ。姫さんが望んだ時に、望んだ形で矛にも盾にもなる男。心配しなくても、なるようになるさ」
自信満々に宣う姿に圧倒される左聽。
大手を広げ、道の真ん中、街の真ん中で口上を述べるヤギュー。
左聽が聞かされていないだけで、ヤギューにはなにかシャルから言い渡されていることがあるのかもしれない。そう思わせるだけの自信が、たしかにそこにはあった。
「……今の口上はなかなか良かったな。よし、採用」
「…………はい? だぞ?」
カッコいい雰囲気が一気に霧散した。
「いやな? 姫さんとこに登場した時とか、敵の前に参上した時の口上を考えていてな。いまのはなかなかによかった!」
「いや……あの、望んだ時とかってのは?」
「知らねぇよ、んなもん。剣神と称えられても所詮は人だからな、儂。遠いところにいる姫さんの望みとか分かるわけないじゃん。常識だろ?」
左聽、青筋を立てる。
「いやあ、今日は気分がいいな! これから遊郭一の花魁に会えるし、決め台詞も思いついた!」
よおし、と不敵な笑みを浮かべたヤギューは高らかに叫ぶ。
「今日は宴だぁぁ! この街の今宵のケツは儂が持つ! 剣神様のお通りでぇっ!」
踵を返し、肩で風を切りながら歩みを進めるヤギュー。
「剣神様だっ」
「おいどけッ。剣神様がお通りになられるぞ!」
「きゃあ! 握手してください!」
黄色い声援を受けるヤギューが振り返り、左聽に告げる。
「安心しな、七竅ちゃん。あとはもう――儂が出るだけよ」
え、と左聽は疑問の息が漏れる。
ヤギューの姿はすでに、人ごみにまぎれ見失った。
――ここは火の国、侍の国。
提灯照らす遊郭で、ゆらゆら舞うは一人の剣神。
空を見上げ、思い浮かべるは娘の姿。
剣神バンサイ・ヤギューの打った一手は、遠い西国で邂逅を果たす。
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