第八話 ソロ・ダンス
「――し、信じられぬ……! 我らは帝国本国より派遣された魔法小隊だぞ……ッ」
驚愕した男の呻き声がやけにこだまして聞こえる。
目の前の現実に、ドルリーは理解が及ばない。
「あら、そうだったの? 小隊ってあれでしょ? 中隊より弱いんだっけ?」
まるで市場に買い物に向かうような声を弾ませるシャル。
汗一つかかず、髪の一本に至るまで乱れず、服には血潮も土も何もついていない。
しかしその美しき足元には、死屍累々となった帝国兵の山が築かれている。
ドルリーは喉を震わせながらシャルに指摘する。
「しょ……小隊や中隊は部隊の規模です。強い・弱いではなく、純粋に人数と兵器の差です」
「あーそっかー。人数かあ。ちゃんと勉強してないのがバレてしまったわね」
てへっ、と舌を出しながら山をスキップで降りるシャル。
到底、このような惨状を作り出したとは思えない純粋さ。
ドルリーは、つい五分前の出来事を回想する……。
「敵……でございますか……?」
準備も万事滞りなく完了し、あとは出立のみといった時頃、シャルが唐突に敵襲について説明してきた。
「そ。おそらくわたくしが目的だとは思うのだけれど、あなたの正体もバレているかもしれないわね。いずれにしても、これから敵が攻めてくるから、まあ……毛づくろいでもしておきなさいな」
「いえ。仮にも僕は獣王の配下です。決して足手纏いには――」
「ああ……うん。ありがと。そう言ってもらえるのは嬉しいけれどね、あなたにはあなたの使命があるでしょう? それを全うしてほしいのよ――わたくし」
片目を閉じながらそう言葉を発す姿から、暗に〝貴様は手を出すな〟といった気配を感じ取るドルリー。
自分を見くびっているのか、とも思ったが、これを機にシャルの力の片鱗を垣間見ようと思ったのも事実だ。
そうして予想どおり訪れた敵。数は約五十。黒い鎧は帝国兵の特徴だが、その全員が肩からマントを羽織っていた。それは魔法騎士の特徴。
すなわち、帝国はシャルと自分を亡き者にするべく帝国が誇る魔法騎士隊を導入したことにほかならない。
膂力に優れるドルリーであっても、これだけの魔法騎士に囲まれては為す術はない。できることは、あらゆるものを犠牲にしてでも逃げることのみ。
それを許してくれるほど甘い相手でもないが……。
ドルリーたちが何者なのかを確認することも無く、全員が魔法の発射に移行する。汎用攻撃魔法といえども、その威力は軽く人一人の命を刈り取ることはできる。それが約五十人分だ。
――終わった。
ドルリーは確かにそう思った。差し迫る五十発ほどの魔法の雨。中には火属性のものもあり、夜であっても真昼のように辺りを照らす。その眩さに瞼を閉じる。視界が閉ざされたことで、ただでさえ敏感な聴覚がさらに鋭敏となる。その耳がシャルの呟きを捕らえる。
「……この程度、ね」
待てど暮らせど、予想した衝撃や熱は一切ドルリーには訪れない。眩い光も消え失せた。一体何が起きたのかと思い、眼瞼を挙上したその先には、剣を振り抜いたシャルの姿があった。
逆に言えば、剣を振り抜いたシャルの姿だけがあった。
虚空を埋め尽くす魔法のカーテンはなく、シャルが防いだのであれば防いだ跡も、なにもなかった。
その光景に呆気にとられたのはドルリーだけではなかった。魔法騎士隊も同様。
「「「「「「「「「「は…………??????????」」」」」」」」」」
唯一まともな言葉を繰り出したのは、一際強い魔力を感じさせる髭を蓄えた男だった。
「……切ったのか……? 魔法を? すべて…………??」
「そりゃあ斬るわよ。わたくしの美しいお肌に傷が付いちゃうじゃない――傷者になってしまうわ。まだ経験ないのにっ!」
それからは、初対面でなに言わせるのよっ、と眦を吊り上げたシャルが敵を千切っては投げを繰り返し、今に至る。
一体その細腕のどこにそんな力があるのか、そもそもどうして魔法を切ることができるのか、どうして――それほどまでに強いのか。
ドルリーには疑問が尽きなかった。
しかしそれを教えてくれるほどの隙がないのもたしか。
気が付くと、シャルは急襲してきたすべての帝国兵を切り伏せ、剣を腰の鞘に納めていた。
長い髪を振りながらドルリーと向き合うシャル。
「さて、これでもう大丈夫ね。怪我はないかしら? まああるわけないわよね。わたくしがいるのだし」
と一人納得したシャルは、二の句を継ぐ。
「わたくしはこれで二度、あなたを救ったことになるわね」
「そう……なりますね」
「ということで、あなたの立派な働きを期待しておくわ! 獣王によろしくねっ」
「かしこまりました。必ずや、閣下に伝言を届けます。どうかシャルさんもご無事で」
そう言って一礼し、ドルリーは歩を進める。
自分のところに敵が来たということは、おそらくルードの方へも敵は向かっているだろう。
しかしドルリーは心配することはなかった。
なぜなら、これほど強く、ミステリアスな女性の従者が見送りに向かったからだ。
獣王より直接下賜された隠蔽魔法。歴代の王直属の暗部にしか継受できぬ特級の魔法。それをなんなく見抜く従者がルードの元へ向かったのだ。
従者とは――すなわち主に従う者の意。
従者より強い主はいないだろう。ということは、アンはシャルよりも強いことと同義。仮にルードの元へこちらと同様に五十ほどの戦力が向かっても、彼は無事なはず。
主も従者も退屈させない傑物だ、とドルリーは笑みを携えながら闇夜に消えていく。
獣人族はみな先代女王ヴィルヘルミナに恩を感じている。
その娘が――〝はれんち〟な姫が助力を願ってきた。
帝国の横暴ぶりには諸国が辟易としていた。そこにくわえての恩人の娘の願いだ。命の一つや二つ……いや、国の一つや二つ、賭けるに余りある。
獣王十臣〈影〉のドルリー・ラリアットは、これから王国で起きるであろうできごとに胸を高鳴らせながら帰郷の道を征く。
お読みいただき、ありがとうございます!
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。
よろしくお願いします!!




