第七話 夜に舞う
「はぁ……俺の見送りにはアンさんだけか……」
深夜。
まるで夜逃げをするかのように闇夜にまぎれるルードがぼやく。目の前にはメイド服のアンが一人。すでに日中のうちにシャルやドルリーとは別れの挨拶をした。
その際ドルリーから、これまで身分などを偽っていたことを謝罪された。思う所がないわけではないが、助け、育ててくれた事には変わりない。
お互いまた生きて再会し、ともに商いをしようと固く約束して別れた。
シャルとはいつもと変わらずに軽口を言い合って――嘘だ。揶揄われて終わった……。
そうして空に浮かぶ星を眺めているとアンが口を開く。
「巨乳大好き人間のルード様には、私のような貧乳Bカップに見送られるのはさぞ苦痛でしょうね。申し訳ありません」
「いやいや、そんなっ! アンさんもすっごい美人ですし、そういった方に見送られるのはすっげぇ嬉しいです!」
「まあ、私はお尻が大きいですもんね。それを見納めかと思うとつれない態度も取ってしまうでしょう。ふふふ」
といいながら尻を蠱惑的に揺らすアン。
「ま、まあ……たしかにこんな尻、王都以外では見ることはできねえだろうな……」
と鼻の下を伸ばすルード。
「しっかし、シャルの指図とはいえどうしてドルリーさんと一緒に出発させてくれなかったんだろ……」
そう。ドルリーは獣王のもとに戻るべく西から王都を、片やルードは南から王都を出る。共に王都を出ればこうやって見送りがばらけることも無かったのに、とルードは自問する。
「……問題ありません。直にお分かりになるかと」
微笑を浮かべながらそう答えるアンに、「へ?」と間抜けな息を漏らした瞬間、辺り一面の空気が変わったのをルードは感じた。
「――失礼。このような夜更けに王都を出ようとする君たちに少々伺いたいことがあるのだが。いいかね?」
「……!」
黒い鎧を身に纏った男――帝国兵。
数名はマントを肩に掛けている。
言葉を発した男を中心に、翼を広げるような陣形を形成しながら九名の帝国兵が姿を現した。
「あ、あの! 俺はこれから行商に出る商人で……ここに商業ギルドの許可状も……っ」
怪しいものではないということを証明しようと、シャルに渡された行商許可状を見せようとポケット漁る。しかし男は手を差し出し、ルードの行為を止める。
「ああ。そういうのは結構だ。形だけの誰何にすぎない。なにを話そうとも、なにをしようとも、これからの君たちの運命に変わりはない」
男は言い終わると、腰に佩いている剣を抜く。それを合図に残りの八名も抜剣する。
「……は? ちょッ……!」
有無を言わさぬ処罰の雰囲気にたじろいでしまう。喉が詰まる。なにも行動が起こせない。だからこそ、アンの言葉が耳朶にすうっと入り込んできた。
「ご安心くださいルード様。こういったことを想定して、私がお見送りをさせていだだく運びとなったのです。どうかごゆるりと、童貞を卒業したばかりのご子息でも弄っていてください」
「いや! こんな状況ではピクリともしませんってッ! ベッドでもなかなか反応しなかった……ってなに言わせんねんッ……!?」
「流石はお嬢様が見込んだ方。風前の灯といっても過言ではない状況において、しっかりと自爆するむっつりスケベ具合――最高です」
いいながらグッジョブと親指を立ててハンドサインを送ってくるアン。
緊張感の欠片もない会話をしているアンとルード。その二人に、帝国兵は再度言葉を投げかけてくる。
「……ふざけた奴らだ。死の恐怖に当てられて錯乱しているわけでもない。となれば……貴様か、女。隙のない身のこなしから只物ではないと予想していたが、やはり……」
「やはり? 王国一の美尻&巨尻メイドのアンちゃんだった、と? 〝一度でいいから揉んでみたい尻ランキング〟と〝一度でもいいから敷かれたい尻ランキング〟一位の『萌え萌えアンちゃん』だったと?」
「……そんなことは一度たりとも思ってないし、一言たりとも話していない。それ以上ふざけたことを宣うのならば、切って捨てるぞ」
こめかみがピクピクしだす帝国兵の男。
他方ルードは、
「そ、そうだったのか……! どうりで目を奪われるわけだ!」
と一人興奮していた。
「まあ冗談ですが」
と真顔のアン。
「冗談かよッ」
ついに堪忍袋の緒が切れた男を筆頭に、総勢九名の帝国兵が切っ先をこちらに向けたまま突っ込んできた。
「もういい……。聞きたいこともあったが、これ以上は耐えられん。せいぜい錆落としくらいにはなってくれよ?」
「ひい……っ」
怯えるルードを横目に、アンが己のスカートを広げ軽く一礼する。
「主のご命令に従い、不肖このアンが皆さまのお相手を仕ります。錆どころかお命まで落とされますのでご承知ください」
「ほざけっ! メイド風情――がはッ!?」
一番槍をいただく勢いで吶喊してきた男の剣を砕きながら、アンの蹴りが男の腹にめり込む。己の勢いがそのまま蹴りとなって腹に来たのだ。向かってきた速度よりも早く吹き飛んでいく。
「まずは一人」
アンのカウントが始まった。
おそらくリーダーと思わしき男が吹き飛ばされたことで一瞬動揺が走る帝国兵。しかしすぐさま二名が左右から袈裟切りを繰り出してくる。
――が、右方からの攻撃を右手刀で叩き割り、左方からの攻撃を左足での蹴り上げで吹き飛ばす。呆気にとられた右方の帝国兵の鳩尾にアッパーを突き刺す。
「二、三」
仲間が簡単にやられるのを見ていた六名は、四名でアンを取り囲む。残りの二名がお荷物となっているルードから先に消そうと向かってくる。
まるで絵物語のような出来事に見入っていたルードは、二名の帝国兵が向かってきてはじめて恐怖を実感する。
――つまりは足が竦んで動けないのだ。
「ややや、やべぇって! どど、どうし……ひぃやあッ!?」
迫りくる敵の横凪の払いに対し、驚くように後ろに飛び跳ね回避したルードはそのまま腰を抜かす。なぜなら先ほどの一撃は、首を一撃で刎ねようとするものであったからだ。
アンは四方を敵に囲まれている。片やルードは腰を抜かし、失禁までカウントダウンに入ったところ。まさに絶体絶命の危機に瀕していた。
……と思っていたのだが、「ほいっ」という掛け声とともに軽やかに跳躍したアンがルードの元まで跳躍してくる。
スカートを広げながら足を開き、まるで蝶のように闇夜に舞う姿はまさしく『夜蝶』。思わず見ほれるルード。その視線に気づいたのか、ルードに迫っていた二名も上を見上げる。そして、
「は……? ちん――ぶげッッ!」
とスカートの中身について思わず口ずさもうとした所を、踵落としで黙らせる。それも二人同時だ。
その時にはしっかりと股に手を当てていたため、スカートの中身を見ることが叶わなかったルード。
「まったく。淑女のスカートの中はロマンで終わらせなきゃだめですよ。ね? ルード様?」
「お、おう。そ、そうですね。足が綺麗なことしかわからなかったけど……」
「十分です」
シャルも美人だけどアンも綺麗だなあ、と感心しているといつのまにか残りの四名も地面に沈めていたアン。
「以下省略。これで九」
難なく危険を追い払ったアンがメイド服の汚れを確認していると、最初に吹き飛ばされたリーダー格の男が這いつくばりながら戻ってきた。
「――ッ! 精鋭とはいわないまでもいずれも魔法の使い手だぞッ。それがこうもあっさりと……!」
「あら? そうだったのですか? 魔法を使う素振りも無く皆さまお眠りになられましたが」
アンの無自覚な煽りに、くッ、と歯噛みする男。
「帝国兵の襲撃に対し汗一つかくことなく対処する女。やはり貴様は、美姫シャルロットたったひとりの侍従――アンテロスだな! 髪の色を変えるだけでこうも見つけられなかったとは……!?」
アンテロス。
ルードには聞き覚えがある名前だ。
王国一の美女であった先代女王ヴィルヘルミナの一人娘、シャルロットにはたった一人の侍従しか与えられていない。
それは周りがそう決めたのではなく、ある日、幼き姫が連れてきて勝手に決めたらしい。
――それがアンテロス。
家事から戦闘、料理から軍の指揮まですべてを一人でこなす超人メイドだと。
それがアンの正体。
であればシャルの正体も自ずと理解してしまう。
すなわち……。
「シャルロット様と侍従アンテロスは火の国に逃亡しました。私はただのお尻が大きいだけのメイドにございます。それをお忘れなきよう」
そう決め台詞を言い放ったアンは、男に痛烈な踵落としをお見舞いする。
……地面に転がる九名の帝国兵。
「それと、私の前で二度と〝運命〟とお口に出されぬよう。出すのなら違うものをお願いいたします。といっても次はないのですが……」
事態は終息した。
ルードから見れば全員気絶しているようにも見える。しかし先ほどのアンの口上を考慮すると、ひょっとすると絶命しているのかもしれない。
そのことに、ほんの少しだけ罪悪感のような、忌避感のようなものを感じるルード。と同時に、ある疑問も湧いてきた。
「あ、あのアンさんっ! 俺の見送りにはこうなることが予想出来てたんですよね? てことはまさか……ドルリーさんの方にも……?」
喉を鳴らしてアンに問うルード。
「ええ。恐らくこちらに来た以上の手練れが向かっていることでしょう」
淡々と語るアンに対し、焦った様子のルード。
「それなら! 早く支援に向かってください! 俺は大丈夫です! 助けていただいてありがとうございました!! なんとか王国中で噂を広めてきます! だからアンさんも――」
自分はもう大丈夫。だから早くシャルとドルリーを助けてくれ。そう思いながらアンに進言するが、今日イチの笑顔をしたアンの言葉によって喉を詰まらせる。
「問題ありませんよ、ルード様」
「…………?」
「お嬢様は――私よりもお強いので」
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