第五話 看破
「ほんっと申し訳ないです――ドルリーさん……」
「いやいや、ルード君こそ僕のせいで迷惑をかけているね。申し訳ないよ」
「いやいやいやいや! あなたに頭なんて下げられたら、俺どうしたら……」
道の往来で互いに平身低頭なやりとりを繰り広げているのは、ルードと彼の恩人であるドルリーであった。
シャルにドルリーを会わせるよう頼まれ――いや命令されたのが昨夜。早い方がいいと、さっそく今夜にでも連れて来いとお達しがあったのだ。
「普通は会いたい方がドルリーさんとこに向かうべきなんですけど……なんか事情があるらしくて」
「まあ、今の僕は帝国に目を付けられているからねぇ。警戒することには越したことはないよ」
「そういっていただけると助かります」
月の光が差す夜道を歩きながら、ルードは随伴するドルリーを横目に見る。
――茶褐色の髪を後ろに流し、逞しい体躯をした壮年の男性。しかし常に柔和な微笑を口元に携え、眦の下がった目元は安らぎを与えるようだ。
その心根は顔に劣らず、いや、その顔以上に優しい人だ。
彼がいなければルードは既に実家に逃げ帰っていただろう。まるで第二の父親のように、教え諭してくれたドルリー。
シャルにどういった思惑があるのか知らないが、万が一ドルリーが損を被るようなことがあれば毅然と抵抗するつもりだ。
なんてことを考えていると件の酒場についた。
「ここの二階です。ドルリーさんに会いたいという人は」
うん、と軽く頷いてから店に入る二人。
既に客は皆帰り、店内の清掃も終わっていた。暗く、人気が一切ない店内。
昨夜と同様に、二階に上がる階段を踏みしめていくルードとドルリー。
違うのはルードの心だ。昨夜はドキがムネムネしていたが、今は緊張感がルードの胸にあった。
恩人を助けるため、自分が生きるために、どこか神秘的な空気を纏うシャルに会うのだ。
ここが人生の分水嶺だという認識がたしかにルードには感じられた。
「この部屋です」
ルードに頷いて見せるドルリー。ノックをする。
「はいどうぞー。おはいりなさいな」
まったく同じ文句を言うシャルの言う通り、蝶番が軋むドアを開けて入室する二人。
――デジャビュを覚える。
ベッドに腰かけたシャル、傍に立って控えるアン、椅子に座ったセラ。
異なるのは三者の眼光が鋭いことだろうか。
無意識に唾をのみ込んだルードは、シャルにドルリーを紹介する。
「こちらがドルリーさん。俺の恩人でシャルが会いたがった人だ」
そして返す言葉もそのままに、ドルリーにシャルを紹介する。
「この青い髪の女性がドルリーさんに会いたいというシャルです」
一つ頷き、口を開くドルリー。
「はじめまして。『ドルリーの杜』代表のドルリー・ラリアットです」
笑みを浮かべながら手を差し出すドルリー。しかしシャルは応じない。来客を立たせて、他方座ったままのシャルに憤慨するルード。
おい、と注意をしようとした時、シャルがアンの方を向き、アンも軽く頷いた。そしてシャルがいよいよ声を飛ばした。
「あなた、獣人ね」
「……………………」
ドルリーは手を差し出したまま黙してしまった。
「お、おい。初対面の人に失礼じゃねえか! ドルリーさんは王国出身だ。あとちゃんと立って挨拶しろよ」
というルードの指摘を無視し、シャルは続ける。
「いいのよ。わたくしたちは敵じゃない。その見事な変装を解きなさいドルリーさん。自らを偽る相手を助けるほど、わたくしは慈愛に溢れているわけでもないしね」
手を戻したドルリーはなにも話さない。しかし纏う雰囲気に剣呑さを帯びたのがルードには分かった。
「なるほど。わたくしたちが帝国の手の者か訝しんでいるのね」
と、どこか得心いったようすのシャルが二の句を継ぐ。
「〝我ら種は異なれど、同じ命を宿し者なり。世界樹の癒しに感謝しようぞ、同胞よ〟」
「……どこでそれをッ!?」
眼を見開いて詰問するドルリー。
その声の鋭さに驚くルード。そのような彼の声は今まで聞いたことが無かったからだ。
「それはヒミツ。でもこれで信用してくれた?」
「………………………………分かりました」
シャルが放った詩のような短文。それでドルリーは意を決したようだった。
刹那、ドルリーの姿がブレる。酔って焦点が合わない時にようにドルリーがブレて見えたかと思えば、次の瞬間には姿が変わっていた。
――犬のような耳と尻尾が生えた姿に。
「え……? ド……ドルリー……さん?」
「……ごめんねルード君。僕は王国出身じゃあない。北の獣王の配下なんだ。今まで黙っていて悪かったね」
と沈痛な面持ちのドルリー。
驚愕の事実に言葉が出ないルードをよそに、シャルとドルリーは話を進めていく。
「これで納得いただけましたかな?」
「ええ。満足よ。さっきは失礼したわね――わたくしは『年中酔い』の店員、シャルよ」
そういいながら立ち上がったシャルは、ドルリーに手を差しだす。それを握り返しながらドルリーが問う。
「先ほどのは〝世界樹の祈り〟。我々やエルフなど人間族以外の者に敵ではないことを示す符丁。それをどこでお知りになられたのですかな?」
「北には知り合いが多くてね」
「……なるほど。僕の変装を見抜いた方だけではなく、あなたも只物ではないようですね」
「うふふ。秘密の多いわたくしってば素敵でしょ?」
「ええ。寒気を覚えるほどに」
互いが微笑みながら会話をしているのに、どこか薄ら寒いものを感じるルード。
「さて、あなたはルード君を助けることができると仄聞したのですが」
握手を終え、僅かに距離をとる両者。口火を切ったのはドルリーだった。
「ええ。あなたも助けることができるわ。まあ、獣王の配下なら必要はなさそうだけど」
二人の会話に置いて行かれるのが嫌だったのと、内容に付いて行けないので割って入るルード。
「あ、あの。獣王って……?」
「北はねルード君。単一の国家ではないのだよ。かといって南のように共和制でもない。エルフを治める樹王、獣人を治める獣王、ドワーフを治める槌王の三つの種族による連合なんだ。敵対しているわけじゃあなくてね。協力するんだ――たまにね」
「たまになんですか……」
人間族以外は気まぐれだとは聞いていたが、種族間での協力すらも画一化されていないことに驚きを禁じ得ない。またシャルの言い分にも疑問があった。
「その獣王の配下なら、手助けが要らないっていうのは……?」
「…………」
口ごもるドルリー。
それを見かねたのか、ルードの問いに答えたのは再びベッドに腰かけたシャルだった。
「――強いのよ。純粋にね。見た感じあなたは犬の獣人。膂力に劣る犬人種でありながら配下ということは、途方もない努力をしたのでしょうね。変装の魔法も一級品。さすが獣王ね。いい部下を持っているわ」
強い。
そう言われても実感が湧かない。
損得勘定のみでは動かない商魂、人を信じて疑わない良心。そういったものに触れてきたルードからすると、ドルリーには強いというイメージが浮かび上がらないのだ。
「王国に潜伏していたのは帝国の動きを探るため? それで危なくなったら単身で本国に帰還する予定といったところかしら」
それができるだけの知力・武力に優れているのでしょうね、と締めくくったシャルは、いつの間にか手にしていたお茶を飲む。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよッ! ドルリーさんは俺がガキの頃から王国に居るんだぜ? それが帝国の動きを探る為って、筋が通らねぇよ! 俺がガキの頃は帝国の脅威は低かった。そんな時から帝国って……」
「変わったんじゃない? 任務が。王国の監視から帝国の偵察に」
「かん……し……?」
思わずドルリーの顔を見てしまう。
それではまるで――スパイのようではないか、と思いながら。
「いやはや。恐ろしい方です。そこまで見抜きますか。あなたも諜報に類する方とお見受けしますが……如何かな?」
ルードを一瞥したドルリーは、シャルの素性を探ろうと謀略を働く。そのことが、少しだけ悲しく感じられたルード。
「違うわ。そういった者たちも配下にはいるけれどね――」
シャルは昨夜と同じく、膝を屈してしまうほどの重圧のような、威圧感のような気迫を前面に醸し出しながら宣言する。
「わたくしは……ただの〝はれんち〟な姫よ」
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