第三話 おっぱいは回る
「いいこと? 素人童貞のルードちゃん。お胸――いいえ、ここではあえておっぱいといいましょうか。おっぱいはね――回るのよっ」
「なッ……なんだってェェッ!?」
王都東部の復興地に佇む酒場の一席で、酒を片手に語り合うシャルとルード。アンの無言の催促を背に受けながら、シャルはルードに驚愕の事実を口伝していた。
「こう、ね」
とエプロン越しに自らの霊峰の如き胸を鷲掴みにするシャル。それを見て、ゴクッとルードは生唾を飲み込む。
「仰向けになって突かれていると――回るのよっ」
「おお! マジかッ」
ぐわんぐわんと胸を回すシャル。
だらしなく鼻の下を伸ばすルード。
今日も酒場『年中酔い』は通常運転だ。
「このあいだの『夜蝶』のお相手は? 巨乳じゃなかったの?」
「いや、デカかった。そんで柔らかかったんだが……」
「……だが?」
「何分はじめてなもんで、よく覚えてねぇ……」
「なにそれー! 童貞丸出しじゃなーい!」
と腹を抱えて笑いこけるシャル。
「しししッ、仕方ねぇだろうが! 女と抱き合うのも初めてだったんだ。おぱ――胸が回ってるところなんざ、ちゃんと見てたかすらも分からねぇ……」
話し相手が女性だからか、それともシャルが相手だからなのか、ルードは胸部に関する表現を改めつつ弁明をする。
「ぷぷぷー! 〝おっぱい〟すらまともに言えないようじゃあ、一人前の男になるのはまだまだ先ね」
シャルの上から目線の指摘にルードが、むむむ、と唸っていると、シャルの背後から空になったジョッキを両手に持ったアンが現れる。
「――ちなみにですが胸が回るのはDカップ以上です。私のような貧乳Bカップは縦に揺れますので、ご承知ください」
「そ、そうなんですか……というかBで貧乳というのはAの方に失礼なんじゃ?」
はあ、と嘆息しながらアンが口を開く。
「この胸だけは世界一のお嬢様の傍におりますと、遍く胸が貧乳に思えてくるのですよ」
「いや、それはアンの自己憐憫でしょ……」
「おや、お嬢様からそのような難しい言葉が零れ出るとは思いませんでした。さ、管を巻くのもそれぐらいにしてお嬢様も手伝ってください。お客様が増えてまいられました」
アンに言われて店内を見渡すと、たしかに客の姿が増えていた。
そろそろ潮時か、と思ったシャルは眼前のジョッキを一息に飲み干した。
「――ま、今度はしっかり見ることね、隅々まで。また三か月頑張ってお金を貯めなさいな」
シャルのその言葉でルードの顔には陰りが湧出する。
「いや、もう夜蝶には行けねえかも……それどころかこの店にも……」
ルードの様子がおかしい為、浮いていた尻を椅子に戻すシャル。
「なにかあったの?」
「俺の仕事――まあ木材の仲買なんだけどよ。王都の復興に多大な木材がいると見込んで一年前に設立したんだ」
「ええ、知っているわよ。親の仕事を受け継ぎたくないから勝手にお店を始めて、ノウハウもないからずっと稼げなかったのよね?」
ああ、と力なく頷くルード。
彼の実家は王都でも三本の指に入るほどの大手運輸会社の会頭だ。親の七光り、と呼ばれたくないから実家を飛び出した。
復興に資材が必要になるという先見の目は素晴らしいが、如何せんお坊ちゃんのルードではなかなか大きな利益を挙げることは叶わなかった。しかしまだまだ二十代のルード。試行錯誤を繰り返し、やっと利益と呼べるだけの利益を叩きだすようになっていた。
そのような彼に一体なにがあったのだろうか? と疑問に思うシャル。
「ウチと懇意にしてくれている納入元は北と付き合いのある卸問屋なんだ」
北――と聞いただけでシャルはピンときた。
目下、帝国が近日に戦争を計画している相手だ。
「ちょうど一昨日にな、帝国の奴らが来たんだ。それで〝北との関係はすべて切るのが帝国及び麾下の方針だ〟と言って脅された」
脅し、といっても様々だ。
暴行や人質といった直接的なものから、関係先に要らぬ風聞を流すといった間接的なもの。見たところルードには暴行を受けた跡はない。
しかし店や実家の方への圧力など考えるだけでいくつか思い当たる。
「それで? ルードはどうするつもりなのかしら?」
「……俺って結構ミスが多くてさ」
「うん、知ってるわ。おっぱいが回っていたのかも忘れ、おっぱいの揉み方も忘れちゃうようなうっかりさんよね、あなた」
うぐ、と痛いところを突かれた様子のルード。
「ま、まあ。それとこれとは別として」
オホン、と喉を鳴らして二の句を継ぐ。
「契約を切られるってのが多かったんだ。だけどその北に縁がある卸問屋は優しい人でな。ミスも笑って許してくれて、じっくり待ってくれたんだ――何事も。あの人がいなけりゃ俺はとっくに野垂れ死んでた。俺の唯一の契約先であり、唯一の味方なんだ」
「その恩人と手を切れ、と帝国は言うのね」
「ああ。手を切らなきゃ親父の店が潰される。手を繋げりゃ俺の店が潰れる。どちらにしても恩人の店は終わり。今のところお先真っ暗ってな……」
はは、と渇いた笑みを浮かべるルード。
しかしこれがただの笑い話ではないことは世間知らずのシャルでも分かる。
ルードはこの酒場で働くようになって知り合った肩書を無視して付き合える友人であるし、その卸問屋も気になる。
北――といえばエルフや獣人、ドワーフなどからなる混成国家である。帝国の支配下となった現在の王国にも拘わらず、北と縁を結んでおけるだけの人材にも興味がある。
ゆえにシャルはこれを好機と捉え、ルードに爆弾発言を落とす。
「よく分かったわルード。なら麗しいこのわたくしが、あなたを助けてあげる。だから営業が終わったらわたくしの部屋においでなさい。慰めてあ・げ・る」
テーブルに肘をついて、頬杖を突きながらそう宣ったシャルに対し、ルードはただ目を見開くのみであった。
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