第二話 同僚
鎧の色は白――元王国兵だ。
ちなみに帝国から派遣された魔法騎士は黒い鎧を身に纏う。
日陰者である王国兵は日がな一日鍛錬をしている。表向きは王国の為。真の理由はいずれ来たる決戦に備えて。
無論、いつ決戦があるのか、そもそも姫は帰還するのか、誰も分からない。眉唾の話を信じて遮二無二体を動かしていなければ後悔で自害しかねないほどには精神的にやられている。
解らなくもない。
姫の直臣――八陣守護姫臣の一翼を担うドリアーヌですら姫の居所を知らないのだ。幸いドリアーヌには料理という打ち込めるものがあり、美味しいといってくれる人もいる。
だが彼ら彼女らには鍛錬以外ない。
一年前、どうしてか帝国兵の接近に際して城門を開けてしまった後悔。バプティストのシャルロットへの処刑命令に違和感を覚えなかった後悔。たった一人で殿を務めたヤギューと同じことができなかった後悔。
王国兵を動かすのは後悔しかない……。
遠くから鍛錬を見ていると、見知った顔が大手を振りながら近づいてくる。同僚だ。
ひげを蓄え、上裸の男性。長身で筋肉は引き締まっている。密林のような胸毛がチャームポイントらしい歩く仕草に科がある男性――オーギュスト・ロマンスグレイだ。
「お久しぶりぶりじゃなぁい! ドリーちゃぁん!」
「……ん。おひさ、オーギュスト」
「いやぁんッ! その名は辞めてっていってるでしょー。ワタシはローゼリア・ラブロマンスよぉ!」
と胸の前で両拳を握りながら抗議をしてくる。
「……それは姫様がつけた名で、本名はオーギュスト・ロマンスグレイでしょ……?」
「んもう! 姫が下さった名がワタシの本名ッ! そんな爺臭い名前なんて知りません〜」
「……あたしにとってオーギュストはオーギュスト。誰よりも熱く、誰よりも仲間思いのオーギュスト」
「ドリーちゃん……」
ドリアーヌの評価に涙を浮かべるオーギュスト。
「だぁからッ! ワタシはローゼリアっていってんでしょうがッ!」
突然上ずった声からバリトンに変わる。
他愛のない会話を繰り広げる二人。
少しの間を置いてから、ドリアーヌが口火を切る。
「……姫様が王国にいるらしい」
「どこでそれを……?」
神妙な面持ちになるオーギュスト。
「……ファウロスから。顔を知っているから姫の捜索をてつだうようにって。あと帝国についたことを他に示す目的もあるとかないとか」
ああ、と得心がいった様子のオーギュスト。
「〝篩〟ね」
「……それファウロスも言ってた。どういうこと? 小麦粉を篩の?」
「――殿下ね。どこで誰が聞いているのか分からないのだから」
「……あたし、耳いい」
と自慢気なドリアーヌ。人の呼吸音などで気配が分かるのだ。
「だったわね。まあいいわ。どうやら三か月で軍備を整えて北と一線やるつもりみたいなのよ帝国は。その先鋒に立たされるのは恐らくワタシたち王国兵。そういった時にクーデターとかが起きないように、王国に仕えていた者の忠誠心を計るためにイロイロ画策しているのよ」
「……オーギュストの説明むずかしい……」
「つまり裏切者が出ないように試されているのよ。ワタシたち王国兵なら無実の民を捕らえたりさせられるの。もちろんすぐに解放されたみたいだけど、とにかく帝国の理不尽な命令が聞けるのか試しているのね」
だから、とオーギュストが二の句を継ぐ。
「ドリーちゃんのその指示も忠誠心を試す材料なのでしょうね」
「……じゃあ姫様を見つけたら嘘ついたらダメなの?」
「ダメでしょうね。そういった話をドリーちゃんにする以上、姫の居所は当てがあると見ていいわ」
腕を組み、鍛錬をしている王国兵を見るオーギュスト。
「……まいった。あたしは嘘がつけない。姫様を見つけてしまったら、たぶんあたしの表情でバレちゃう」
「あなたの尻尾で分かると思うわ……。ぶんぶん振ってる姿がワタシでも予想できるもの」
「……本当にまいった。あたしは料理をしていたいだけなのに」
落ち込んだ様子のドリアーヌ。そんな彼女に向き直りながらオーギュストが背中を押す。
「大丈夫よ。姫が居るところにはアンテロスやメイド長もいるはず。仮にあなたが見つけたとしても、何らしかの対策は打っているはず。でなければ一年も帝国の目は騙せないもの」
萎れた猫耳に覇気が戻る。
「……分かった。やるだけやってみる」
「ええ。その調子よ! ワタシも可愛い子ちゃんたちをしごいてあげなくちゃッ」
と首を回すオーギュスト。
「……無茶はダメ」
「もちろんよ。でも無理はさせるわ。少しでも元気を残してしまっては勝手に叛乱でも起こしそうな雰囲気ですもの。それはダメ。来たるべき時に備えなくてはならないから」
「……大丈夫。みんな後悔してる。あたしもそう。オーギュストもそう。もう二度とあんな思いをしないためにみんながんばってる。勝手なことはしないと思う」
「ワタシも信じてはいるわ。でもね、そのワタシですら時々カッとなって玉座に突撃したくなるのよ。もう……残された時間は少ないのかもね」
空を仰ぐオーギュスト。それにつられてドリアーヌも空を仰ぐ。
そこには憎たらしいほど爽快な青空が広がっている。
そういえば、とオーギュスト。
「よく姫様が言っていたわよね――空からエロい未亡人かショタが降ってこないかな、って」
「……ん。おぼえてる。あたしは食材が降ってきて欲しい」
「ワタシは汗臭いイケメンおじさまが降ってきて欲しいわ」
「「…………」」
沈黙が二人を包む。
「やっぱり姫様とアンテロスの掛け合いの方がおもしろいわね」
「……ん。あたしたちでは収集がつかない。あの日々が懐かしい」
懐古の情を抱いた二人は、いまの居場所に戻る。
「……じゃ、あたしは厨房にもどる。またおはなししようね、オーギュスト」
八陣守護姫臣・第四幕ドリアーヌは王宮の厨房へ。
「ええ、またね――って、ローゼリアちゃんって呼びなさいよォッ」
鍛錬場に響き渡るバリトンの持ち主は鍛錬へ。
ドリアーヌの歩みは行きに比べて軽くなっていた。それは同僚に会えたから。
八陣守護姫臣・第五幕オーギュスト・ロマンスグレイはドリアーヌと気の合う友人でもあり鍛錬仲間でもあったからだろう。
――もう一つ。
一年ぶりにシャルロットに会えるかもしれないと知って浮足立っていたのだ。
微笑を携えて、ドリアーヌの戦場である厨房に戻る。
猫耳と尻尾は陽気に揺れていた。
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