第一話 空から落ちてきたらいいのに
「あ〜……空からデカケツお姉さん落ちてこないかなあ……ショタでも可」
豪奢な部屋に鎮座しているティーテーブルに頬突きしながら、美少女は独り言ちる。
ピンクゴールドの長髪を指に巻きつけながら、空を睨んで蠱惑的な唇から欲望を吐き出す。
部屋には美少女の他に、もう一人いる。
椅子に座る美少女とは対照的に、手を下腹部のあたりで組み、微動だにせず立っているプラチナホワイトの髪をボブカットにしたメイド。
最近城下で流行りの〝なんちゃってメイド〟ではなく、正統性に溢れたクラシカルなメイド服に身を包んでいる。肌の露出は最小限だ。
メイドは主である美少女に絶対零度の目線を向けながら、発言の訂正を促す。
「お嬢様。どこで誰か聞いているか分かりませんよ。せめて口調だけでも楚々としたものにお改めください」
メイドの諫言に一瞥くれた美少女は、はあ、と嘆息してから口を開く。
「……あらあら。透き通る空から、魅力的な臀部をお持ちの麗しい方が落ちてこられないかしら……眉目秀麗の少年でも構いませんことよ。オホホホホ」
これでいいんだろ、と言わんばかりのジト目をメイドに向ける美少女。それに対し満足気のメイド。軽く頷いている。それが少し癪に障ったのか、美少女は二の句を継ぐ。
「豊満な体をお持ちの未亡人や穢れなき無垢な少年が空から舞い降りてこられたなら、わたくし、お腰をヘコへコして歓喜に震えるのですけれど……ああ、この世は非情ですわ……わたくしの傍には貧乳露出狂メイドしかいないなんて……霊峰の如く際立つお胸をどうしたらよいのでしょうか……よよよ」
といいながら、美少女は体を起こして自らの大きな胸をドレス越しに揉みしだく。
……絶壁のメイドに当てつけるような表情をしながら。
「――っ!? 乳がデカいからって偉そうに……この処女ビッチっ……! 尻こそが至高でしょうが! 私のような水蜜桃の尻こそ垂涎のぼでぃー! お尻を振って歩く姿こそ神話の再現! 殿方に揉まれたことどころか、その頂を見られたことすらない生娘ビッチが調子に乗らないでもらいましょうか……ッ!」
メイドが青筋を立てて持論を展開する姿は、とても主に仕える一般的なメイドとは異なっていた。
「そうね、たしかにおケツに関してはあなたの方に軍配が挙がるわ。メイド服を押し上げる大殿筋にはわたくしも異論はない」
だけどね、と眦を吊り上げる美少女。
「あなただって揉まれたことも見られたこともないでしょうがっ! わたくしと同様に淫らな視線を集めるだけ! 一勝一敗……いえ、むしろ露出狂の分あなたの方が淫乱度は上ではなくて?」
「私のどこが露出狂なのですかッ! 殿方と猥談に興じるお嬢様の方が淫乱度は上ですね。あー負けた。メイド風情では主には敵いませんわー」
両手を上に挙げて降参です、といった仕草のメイド。尻を美少女に向けて振り、主を煽ることも忘れない。
「いいえ、あなたは露出狂よ。だって――今も下着を付けていないのでしょう?」
美少女の視線はメイドの股間に向けられる。
「ええ。だって気持ちいいじゃないですか、常にスース―する感じ。普通でしょ? 束縛という概念から解放された私は無敵メイドです」
えへん、とない胸を張るメイド。
「それが露出狂の理論なのよ。しかも自覚なし……先が思いやられるわ」
頭を抱える美少女。
「先――といえばお嬢様。お聞きになりましたか? お嬢様には処刑命令が下されましたよ。王様から」
紅茶の代わりを準備すべく蒸らしていたポットを手に取り、中の茶を回すメイド。茶器の準備も万端だ。
「あら、そうなの。なら逃げた方がいいのかしら。でも姫という肩書を失うのは困るわね。いつか城下でナンパするときに使えるよう、脳内計画は完璧だったのに」
「姫だといっても誰も信じませんよ。それよりもその馬鹿みたいに大きな胸で窒息寸前まで顔を埋めさせたらイチコロでは……?」
背もたれに身を託し、足を延ばしてプラプラさせる。紅茶の準備をしているメイドの大きな尻に目を向けていると妙案が浮かぷ。
「それだわ!」
「はい?」
「わたくしを殺すつもりなら、逆にわたくしが皆殺しにして女王になったらいいのよ。そして女王の権限で夜な夜な酒池肉林の宴を――」
でへへ、と涎を垂らしながら妄想に耽る。
頭の中では桃色の世界が展開されている。締まりのない顔をしながら自らの胸を揉む。
その姿を横目に、メイドは淡々と紅茶を新たなティーカップに注ぎ入れていく。
「――なりませんよお嬢様。誰かを助ける為ならばまだしも、利己的な欲求に従って力を振るうことは認めません」
メイドの言葉に唇を突き出し不満な表情の美少女。
「ぶー、分かってますー。いいじゃん妄想ぐらい。〝裸踊りをしないと家族がどうなってもよいのだな? でゅふふ〟とか言いたかったな、玉座で」
「私も玉座の間で裸踊りをしてみたいものです。騎士団監視のもと、無様に踊ったら得も言われぬ快感が生まれそうです。掃き溜めを見るような目を向けられたのならなお良し」
寸分の音すら鳴らさずティーカップを美少女の前に置き、空いたティーカップと交換する。
「やっぱり露出狂じゃない。しかもドM属性持ちの」
「はいはい、妬かない妬かない」
「……いや、どこにわたくしが妬く要素があるのよ」
これが美少女とメイドの繰り広げる日常。
茶と菓子を摘まみながら、お互いを揶揄しあう。
しかしこれは物語の序章。ゆえに日常を切り裂く事件が起きるのは必定。
それは美少女が手のスナップを効かせてメイドの尻を叩いているところだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。
よろしくお願いします!!