<一途> 表
私には好きなコがいる。弱くて、優しくて、非力で、私が守ってやらなくちゃいけないような可愛いやつ。ずっと考えてた。どうしてやろうかなぁって。
あいつは雨の日も晴れの日も毎日里から森にやってきて、私の家まで来てくれる。毎日、毎日、時たま私がいないと分かると寂しそうに店の中をうろうろしたりなんかして、それでも文句なんか一つも言わない。姿を見せてやると嬉しそうに笑って私の隣に並ぶ。
ずっと思ってた。「ああ、かわいいな」。最初は弟みたいなものだと思ってたが、次第にそれだけでは足りなくなり、今では歴とした性の対象として見ている。あの綺麗な黒髪と白い肌を汚してやればどんな顔をするだろう、赤く染まった頬の甘さは、あの体を隅々まで征服した時にはどんな味がするだろう。
考えるだけで堪らない気持ちになって、あいつの中に注いでやる想像で何度も何度もティッシュの箱を空にした。面と向かって写真を撮ろうとして照れたようにはにかむ姿も捗るが、ブンヤから奪った隠し撮りの写真は特に“ありのままの姿”を写していて興奮する。隠し撮りがあまり褒められたものではないという背徳感も相まって、私も香霖堂から持ち出したポラロイドカメラを使った写真を何枚も部屋に飾っている。が、さすがブンヤをやっているだけあり、射命丸の撮ったものの方がピントが合っているのは悔しいが……。
毎度里から来させるのも健気でくすぐられるけれど、やっぱり一人で歩かせるのは心配だし、何よりあいつは自分の価値が分かっていない節がある。どれだけの魅力があり、どれだけの性を惹きつけるのか、それどころか私がどんなことを考えているのかでさえまるで分かってない。そんなふうに愛想を振り撒くのがあいつの可愛いところでもあるが、他のやつらがあいつを“そういう”目で見るのは許せない。
……うん、やっぱり許せない。あいつが外で元気に動いている姿が見たくて自由にさせていたけど、邪魔な虫ってのは勝手にひっついてくるものだ。振り払っても、追い払っても、実が甘い限り外に置いておけば際限なく群がり纏わり付いてくる。それなら、どうするべきか? 答えは簡単だ。
────隠してしまえばいい。そもそも虫の入ってこられない場所に置いてしまえば、食われる心配も汚れる心配もない。後は私が、私だけが、その甘い果肉を貪ることができれば、それで。
「────と、いうわけで。今日からはここで暮らしてもらうな。心配しなくても用がない時は一緒にいるし、欲しいものがあれば言ってくれて構わないからさ」
屋敷の地下室にある牢の奥で、目を覚ましたばかりの優がぽかんとした表情をして私を見上げていた。少し狭いが一人用なら申し分ない広さだろう、ベッドも運んだし、空気穴もちゃんと開けて空調も整えた。日の光がないと寂しいかな? 必要そうならまた考えよう。
この場所はうちの地下扉を開いてでしか入って来られない特別な地下室だ。ここなら誰かが勝手に入ってくるような心配もないし、私の知る限りなら優一人では出られない。地下にあるから地上で何か異変が起きたってある程度は平気だろうし……それに、ここなら何をしても誰に文句なんか言われないさ。
「なぁ、優。これからいっぱい色んなことしような。お前ならきっと気に入ってくれるよ。毎日一緒なんだ、楽しいに決まってるって」
その場へ屈み鉄格子を握り締めて、まだ腰を下ろしたままの優に笑いかける。何だか青い顔をした優は酷く驚いたような、何かがぽっかり抜け落ちたような顔をして私を見つめるばかりだった。
ああ、そうだ、色んなことをしよう。一緒にご飯を食べたり、話したり、そんないつものことばかりじゃなくて。私がお風呂に入れてあげたりさ、並んで眠ったり、うちにある魔導書なんかも気に入ってくれるかな? 色々試してみよう、私の知らない優を目一杯知り尽くそう。そうすれば、お前が何を感じ何が好きで何に嫌がるのか、私が全部わかってあげられる。
「お腹すいてないか? ご飯、持ってくるな」
その日から、優は少し変わってしまったようだった。身を縮こめているばかりであまり目も合わせてくれなくて、ご飯はちゃんと食べてくれるんだけど、何だか笑わなくなってしまったし。でもご飯には毎回少しずつ隠し味を足してるからな、いつかは優も私に向き合ってくれるようになるだろう。
うちから離れた里では優が行方不明になったってことで多少は話題になったようだが、妖怪だって神だって人を殺すんだ。きっとすぐに落ち着くさ。それに、気付いたところで里の人間にできることなんかたかが知れてる、私たちの邪魔をするやつはそう現れたりしない。
「なぁ、優、じっとしているんじゃつまらなくないか? 読み聞かせしてあげようか。それとも、何か別のことをして遊びたい?」
膝を抱え俯いた優にそう声をかけるも、うんともすんとも返答はなかった。思わず頭を掻くと膝に手をつきながら立ち上がる。うーん、体調に問題はないはずなんだけどな。まぁ、いいか。そのうち元気にもなるだろう。
「────優、夕食ができたぜ。ほら、お前の好きなハンバーグだよ。お代わりもあるからいっぱい食べてくれな」
ぎぃ、と音を立てて開いた鉄格子からお盆を差し入れるも反応はなく、仕方なく内側から扉を閉めると優のそばに腰を下ろした。しかしこれでは伏せられているせいで顔が見えない。びくりと震えた優の背を撫で、溢さないよう床にお盆を降ろすと、竦めた肩の間からちらりと覗く頸へ吸い寄せられるように口付けた。
「っ……! ま、魔理沙?」
「うん?」
驚きからか目を丸くして頸を覆い、しかし次の瞬間にはなんだか泣きそうに濡れた瞳で私を見上げてくる優。細い腰を撫でながら優しく抱きしめてやると、それでも腕の中で身を硬く強張らせた優はどこか震えた声を出して俯いた。
「魔理沙……僕、何か、嫌なことしちゃったの……?」
「え? なんだよ、それ。私がお前にそんなこと思うわけないだろ? どうしたんだよ、急に」
その場に座り直し胡座をかいた足の上でハンバーグを切り分けてやり、一応中身の色を確認しつつデミグラスソースとよく絡める。味噌汁も一口啜ってみたけど、うん、美味しいよ。ほら、優、あーん。
「…………」
「お腹すいてないのか? ただでさえ細いんだからちゃんと食べないと」
立てた膝の上で組んだ腕の中にすっぽり顔を隠していた優は、私の言葉におずりと目元だけを出すと何やら遠慮がちにしながらこちらを見上げたようだった。しかしこちらの質問には答えることなく、くぐもった小さな呟きが地に落ちる。
「なんで……こんなこと、するの」
優の口を待ち構えて持ち上げていた箸を下ろすと、もたれていたベッドに後頭部を預けながら灰色の天井を見つめる。なんで、って……そんなこと決まってるじゃんか。お前が大切だからだよ。
お盆を置き、髪を優しく撫でてやりながらそう笑いかけると、ますます目を開いた優はあちこちに視線を伏せて唇を震わせてみせた。どうやら何かを言いたげにしていたようだったが、しかしそれ以上は俯いたまま黙り込んでしまう。……仕方ない、私がいると気が散るみたいだし、風呂の時間まではそっとしておいてやろう。
冷めないうちに食べろよ、とだけ最後に声をかけ立ち上がると鉄格子にしっかりと鍵をかけて地下室を後にする。優が蹲るその頭上では今夜風呂に使う水の準備をしながら、私は先ほどの言葉を瞼の裏にぼんやりと思い返していた。
なんで、あいつは私に“嫌なことをした”と思ったんだろう。特別不機嫌そうにしていたつもりもないし、あいつに手酷く当たった自覚もなかったんだが。もしかして、首にキスをしたのが噛みつかれるとでも思ったのか?
まだ鼻腔の奥に残る甘ったるい香りの名残に思わず唇を湿らせると、戻った先の部屋にかかっている壁時計をちらりと確認した。食べてすぐ風呂に入るのも苦しいだろうしな、まだ食い終わってすらないかもだし……急ぐ必要はないんだから、少し我慢しよう……。
そわそわとしながら何となく物の配置を変えてみたり惰性に本のページを捲ってみたりして時間を潰し、結局ほとんど集中できないままうきうきしながら地下に降った。努めて明るく声をかけながら鉄格子の前に屈み込んでみると……食器の上は空。うん、ちゃんと食べてる。いい子だな。
「さ、優、お待ちかねのお風呂タイムだぜ。体綺麗にしてやろうな」
普段はあまり動かない優だが、風呂の時だけは大人しく素直に立ち上がってついてきてくれる。何て言ったってやっぱり体を流すと気持ちいいよな、私も温泉は大好きだ。
食器をキッチンに置いてから一緒に風呂場へ向かうと、優を先に扉の中に入れて私も服を脱ぐ。最近は家での風呂にも楽しみが増えて、むしろそれを一日の活力にもしているくらいだ。さっさと服を脱ぎ捨ててがらりと扉を開くと、桶を手にしていた優はびくりと肩を震わせながらこちらを振り向いた。その白くてきめ細やかな皮膚、すらっとした細い手足、まろみのある愛らしいお尻……合法的にこれが見られるってんだからそりゃあ楽しみにもなる。
「背中流してやるよ。桶貸して」
「じ、自分でやる……」
「そう言うなって」
毎晩のことなのに、毎晩律儀に遠慮する。湿気を浴びた下半身に熱が集まるのを感じながら優の肌にお湯をかけると、恥ずかしそうに竦められた身体に泡を纏わせそのしっとりとした肌を撫で上げた。無意識のうち、少し息が上がってしまう。全く良い目の保養になる、優は本当に可愛いな。
「ま、魔理沙……変なとこ、触らないで……」
「何言ってんだよ。ちゃんと洗ってるだけだろ? ほら、すぐに終わるから」
ちょっと嫌がるような素振りを見せたり、かと思うとしおらしく大人しくなったり。駆け引きが上手いよな、お前は? あんまり可愛いからつい意地悪をしてみたくなる。困らせてみたくなる。恥ずかしくさせてみたくなる。その体を組み伏せて、私の下で泣きじゃくる姿を見てみたくなる……。
「ふぅー……」
床で跳ねたお湯が飛沫を上げる水音に紛れて深く息を吐く。思わず襲いかかってしまいそうな衝動を堪え優を解放すると、先に湯船に浸からせてやった。ちゃぷ、と音を立てて揺らぐ水面の奥に吸い込まれていく身体……その表面を辿り撫で伝う水の帯の淫靡さ……。
まだだ……まだ、無理やりになんてしなくてもいい。やろうと思えばいつだってできるんだから。それより今は、もう少しだけ優を自由にさせておこう。この態度も、きっといつまでも続けられるものではないのだから。
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それから暫く経ち、何だか魂が抜けたようにぼんやりとするようになった優は、しかし必要以上に肩をびくびくさせたり瞳を潤ませたりするようなことはなくなり、概ね私の言うことを聞いてくれるようになった。今では借りてきた本をベッドの上で読み聞かせしてやる間もちょこんと隣に並んでいてくれるし、少しならまた微笑んでくれるようにもなった。
そりゃあ嬉しかったさ。やっと私のことを受け入れてくれたんだって、私の気持ちを理解してくれたんだって、やっと心からそう思えた。
夜、明かりを消したベッドの上腕の中に抱いた優の首元へと顔を埋めて眠る。少し前までは肩を強張らせていたり、私が眠ったと思い込むと少し離れたりしていたのに、いつものようにお腹を撫でていた手のひらをそっと包んでくれたその日、触れられた指の温かさに否応なく胸が湧き立った。思わず口元が緩んで、もっときつく腕に力を込めたくなる。ああ、嬉しいな。とても幸せだと思った。私だけが今の優を知っている。優は、今この瞬間、私だけを受け入れてくれている。
そんな時だ、幻想郷で流星群が見られるらしいとの噂を耳にしたのは。星を見るには当然外に出なきゃならない、惹かれはしたが、私からの情報以外何も知らないあいつには言わなかった。
幻想郷の夜空はとても綺麗だ。空気も澄んでいて、星の瞬きですら見えそうなほど煌々として夜の暗闇を照らしている。この空を、あいつと一緒に眺められたら────。
「…………」
木々を超え森から顔を出して鼻先を向けた目が眩むほどの星空に息を呑み、ふらふらとしながら店先へ降り立つと家に飛び込み地下への階段を駆け降りた。軋む鉄格子を開け放ち、眠そうな目でベッドを整えていた優の手を引くと、纏わりつくような湿気の中優を乗せた箒はふわりと夜空に飛び上がる。
「星を見に行こう。今日は、ずっと綺麗なものが見られるんだ」
優は黙っていたが、寄り添うように密着して肩に寄せられた頬とお腹をぎゅっと抱きしめてきた両腕が、何よりの合意を物語っているはずだった。
今日は空を見上げているやつらが多いことだろう。あまり森から離れたくはなかったが、木々が薄れ小高くなった丘の上に辿り着くと箒から降りることを許し、そうして優は恐る恐るといった様子で草に靴を埋めるとその場に立って頻りに辺りを見渡していた。風に飛ばされないようしっかりと箒をそばに置くと、湿った草を叩いて隣に優を呼ぶ。
「ほら、見てみろよ、優。いつ頃かな……多分もうすぐだと思うんだけど」
私に釣られて空を見上げた優と一緒に変化を探して、しばらくが経った頃。台紙に一掻き傷をつけたような線が流れ、あっと声を上げながら空を指さした。鼻先が振れ、大きく見開かれた黒水晶の瞳に映るひとすじの閃光。途端花開くように綻んだその笑顔は、奥に流れる彗星の輝きをもくすませるほどの儚さを湛えていて。
「……優」
蒸し暑い熱気が肺に溜まる。頬が熱いのは、夏のせいだろうか。そっと辿らせた指先で手を重ねると、その愛おしい瞳を私に移した優の頬に触れ、身を寄せながら瞼を閉じた。唇に触れた温かな感触。湿気た草の匂いと共に鼻に抜ける、恋焦がれた甘い香り。
「優……」
僅かに離れ細く息を吐きながら唇を微動させると、触れられそうな睫毛の奥に隠された瞳はほんの少し身動いで私を見つめた。綺麗な目だ。一点の曇りもない、夏の晴天の突き抜けるような清々しさにも、冬の早朝の酷く澄んだ空気にも似た他でもないお前の瞳。私の大好きな、私だけの瞳。
「好きだよ」
はっきりと吐き出したはずの声は掠れていた。動悸が高まり柄にもなく緊張してしまう。無抵抗な肩を押すとぱさりと音を立てた草の上に優の体を横たえる。ただ開かれたままこちらを見上げたその視線は、私を見ているようでも、その奥に煌めく雄大な星空に向けられているようにも感じられた。
息が上がる。噛みつくように何度も唇を重ねる。けれど、それはまるで自慰のようだった。もっと、もっと私を求めてほしい。他でもないお前から、私が欲しいと言ってほしい。私以外の何ものだって必要ないと言ってほしい。
「優……っ」
どうしてだろう。胸が苦しい。前が見えない。優、お願い、お願いだから。一言でいい、好きと言ってほしい。たった一度だけでもいいから────
「魔理沙」
胸に埋めた額の頭上から降ってきた呟きに、びくりと肩を震わせながらそろそろと視線を上げる。私を見下ろしながら久しく潤んでいた優の瞳は、一瞬だけ、あの頃、私以外のものもまた映していた時の、狂おしくも美しい少年の熱を宿したような気がした。
「僕も好きだよ」
────。────ああ、どうしてだろう、泣き出しそうなほど嬉しいのに、震えた唇からは言葉が出なかった。優しげな手つきに頬を撫でられるまま、重なり合った私たちはもう一度キスをした。ずっとそばにいたのに、今この瞬間、初めて優に触れられたような錯覚に無意識のうち唇が緩む。
────それから、私たちは汚れるのも構わず二人で横たわったまま、ただ何をするでもなく夜空を見上げていた。ぎゅっと絡めた手のひらと指先は汗ばんでいたけど、その熱でさえも私たちを繋ぐ特別なものに感じられて、どうしようもなく嬉しくなった。
浮ついた気持ちでそうして茹だるような熱と虫の声に包まれて、どれほどの時間が経ったのだろう。気が抜けたのかその心地よさに瞼が落ち始めて、隣に優がいてくれる安心感につい視界を閉ざしてしまった。ほんの一瞬の瞬きのつもりが、ふと覚醒した意識に寝落ちしてしまっていたことに気がつき、慌てて体を起こしながら隣に笑いかける。
「眠くなってきちゃったな、そろそろ家に────」
ぽたり、と顎から汗が垂れる。すっかり冷えた手の中に温もりはなく、今や私はたった一人で丘の上に横たわっていた。ばくばくと心臓が嫌な音を立てる。吐息混じりの呟きは、やっぱり掠れていた。
「優?」
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湿った草を蹴り上げてがむしゃらに進む。視界を遮る影に堪らずぶつかりそうになりながら、震えだす足腰に鞭打った僕はただ一直線に里を目指して駆け抜けていた。魔理沙が連れてきたあの丘からは里の明かりが見えていた。人里が近いのだ。里に、里にさえ戻れば人がいる、誰か、誰かに匿って────。
訛りきった足を上げ損ね、大きな葉擦れの音を立てながら派手に転んでしまい、慌てて身を潜めながら体を起こすと周囲の音をも掻き消すような耳鳴りの中必死で希望に縋る。打ちつけたのか地を蹴る度に膝が痛む。暗闇のせいで先に進んでいるのかどうかすらも定かでなく、心が折れそうになる。
霧雨魔理沙。僕の友人だった、大切な、確かに好意すら寄せていた人だった。だけど彼女は普通ではなかったのだ。いや、紛れもなく異常だった。
ある日突然地下室に連れ込まれたかと思うと、まるでペットのように餌付けをされて子供のようにあやされ、毎日を彼女の手の中で過ごすことを強いられ始めた。それはまるで対等とは思えない、彼女を喜ばせるためだけにただ地下で“生きているだけ”の存在。
「はぁっ、はぁっ……」
でも、でも。明滅する瞼の裏に美しい蜜色の瞳と頬に差した朱の色が浮かぶ。彼女は泣いていたのだ。酷いことをしているのに、それで満足なはずなのに、僕に縋りついた魔理沙は確かに泣いていた。
絶えず足を動かしながら、整えなければならない呼吸が不規則になり胸が痙攣する。鼻水が垂れ、涙が溢れ出した。どうしようもなく好きだった。泣き顔なんて見たくなかった。それはこれまでも、きっとこれからも。
がさがさがさがさ。葉が揺れて大きな音を立てる。どうして、どうして、一体どこで間違ってしまったのだろう。
頭上で煌めく雄大な宇宙の欠片と同じ輝きを持った流星が流れる。彼女に何をしてしまったのだろう、いったい僕の何が一線を超えさせてしまったのだろう。こんなことなら。
背後から追いついた形を持った恐怖が、振り向いた視界いっぱいに埋め尽くすその瞳を真っ暗に染めて、僕を見つめていた。
「私から逃げられると思うなよ」
────こんなことなら。この恋になんて、出逢いたくなかったのに。