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死合

〈古茶淹れて平民らしく洟啜る 涙次〉



【ⅰ】


「シュー・シャイン」はこのところ、冥府に入り浸つてゐた。敵だらけで緊張を強いられる魔界より、お客様然としてゐられる冥府の方が、幾百倍か良い。

 で、冥府で仕入れた最新情報を傳へに、人間界に帰つてきた譯だが...

 彼が向かつたのはカンテラ事務所ではなく、「もぐら御殿」であつた。


「あ、ごきぶり!!」朱那が殺蟲剤を噴霧する。「げほ、げほ。酷いな、私ですよ、朱那さん」-「あ、『シュー・シャイン』ちやんだつたの、ご免ご免」

 ま、それはいゝとして。「枝垂さん、冥府からお呼びが掛かつてゐますよ」-「あゝ、大體、分かる。云ひたい事は」-「ハーデース王が、折角名誉國民にしてあげたのだから、もつと頻繁に、枝垂さんには訪問して貰いたい。健氣な惠都巳を抱いてやつて慾しい。との事」‐「と云つても当方風邪氣味でね。發熱でもしたら、國王に伝染してしまふ」尤も、元は大もぐらの國王に、人間の風邪が伝染るかは、謎。國王は今、故買屋Xに會ひに行つてゐて、留守。「惠都巳を抱くと、だうしても躰が冷えてしまふ」



【ⅱ】


 別口で、もう一件、一味は仕事を請け負つてゐて、その方のケアに、じろさん、出向いてゐたのである- 前回のエンディング近くに、かう書いた。これは、枝垂の件、なのである。


 じろさん、「ウェットスーツ着て行けばいゝんぢやない」。これは妙案だつた。早速、サーフィン用具を取り扱つてゐる店から、(くだん)のブツをぎつて來た。枝垂だつて、惠都巳が可愛くない譯では、ない。いそいそと冥府へ急ぐ。


「いやだあ、なあに哲平ちやん、その恰好」-「ちと風邪引いてゝな。許してくれ」-「あたしはいゝけど...」惠都巳の躰は、説明の余地ないが、防腐の為、いつも氷水に浸つてゐる。


「哲平ちやんの風邪、やつぱあたしのせゐかなー」惠都巳、少し悲しさうである。「ん!? むゝ」枝垂、思はず口ごもつてしまつた。「やつぱりあたしが死んでゐるから...」



【ⅲ】


「ち、ちよつと待つた惠都巳ちやん」じろさんは、枝垂に同道して來てゐた。じろ「俺で良ければ、カウンセリング、受け付けるよ」-「カウンセリング?」二人とも驚いた様子だつたが、じろ「俺の、豊富な人生經驗に耳を傾けるのも、またアリかもよ」枝垂「是非、お願ひします」



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈武の道を究めんとして無謀なる若さ段々フェイドして行く 平手みき〉



【ⅳ】


 じろさん、問はず語りを始めた-

 

 俺がまだ武者修行中の話だ。毎日が果し合ひ、それはもう「試合」なんて生ぬるいもんぢやなくて、まさしく「死合」だ。その中で、俺の当時の心の友、武道のライヴァルでもある奴が、もし生き殘れたら、某月某日、こゝで笑顔で會はう、と云つて、奴には奴の對戦があつたから、消えたんだけど-


 彼は惜しむらくも、修行の最中(さなか)、不慮の事故で命を落としてしまつた。風の噂でさう聞いたんだけど、その某月某日は、俺なんだか胸騒ぎがして、約束の場所にやつて來たんだ。そしたら、奴が笑つて現れたぢやないか! 俺は無遠慮に聞いた(友達だからこそ許される行為だけど)、お前、死んだんぢやなかつたのか!? すると、奴、かう答へたね。肉體は死んだ、だが靈魂は生きてゐる。お前に會ひたい一心でな。



【ⅴ】


 さて、この話から、教訓を得やうとすると...

 

 惠都巳ちやん(うちの悦美とこんがらがるよ・笑)はまだ、いゝんだ。肉體まで保存されてる。だからこそ、ウェットスーツ着て迄、枝垂くんが抱きに來る。惠都巳ちやんが死んでゝも、二人の仲は引き裂けないつて証拠だろ? そんなふうに、俺の友達某とは、未だに某月某日、約束の場所で、會ふんだよ、俺たち。このやうに、生死を超えた信頼は大事。分かつた?



【ⅵ】


 惠都巳「分かりましたー。何となくだけどお」。枝垂、感涙に咽んでゐる。

「シュー・シャイン」が、そんなじろさんにハーデース王のお土産がある、と云ふ。


「よくぞ云つて下さつた。此井先生、まあこの純金のインゴット、お禮代はりに差し上げやう」-「はつ、有難き倖せ」-「いや、あの二人、儂は目の中に入れても痛くないのですわい」‐「分かるやうな氣がします」



【ⅶ】


 と云ふ譯で、じろさんが、枝垂・惠都巳のカップルの仲を、救つたと云ふお話でした。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈滴りに穿たれる儘生き生きて 涙次〉



 お仕舞ひ。

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