誑し桜-1話-惨忍
登場人物
伊予尾まお:小早川高校2年C組の生徒。両親からの虐待、同級生からのいじめを受けている。
「もう、疲れたなぁ…いっその事っ」
屋上の柵の外側に立ち、そうつぶやくまお。風に吹かれる彼女の髪が、ゆっくりと揺れている。足元に広がる街並みを見下ろし、まおはため息をついた。孤独と無力感が心を蝕み、もう何も感じられない日々が続いていた。
「これで…楽になれるかな」
小さく笑いながら、まおはゆっくりと身を乗り出し、重力に身を委ねた。冷たい風が身体を包み込み、世界が音を失ったように感じたその瞬間、視界が真っ白に染まり、強烈な光が彼女を包み込んだ。
――次に目を開けたとき、まおは全く見知らぬ場所にいた。
「ここ…どこ…?」
見上げると、薄汚い灰色な空が広がり、その下には見たこともない風景が広がっていた。まおは、ゆっくりと身体を起こし、周囲を見回す。目の前に立ちはだかるのは、巨大な一本の桜の木。その桜は信じられないほど大きく、幹はまるで天まで届くかのようにそびえ立っている。桜の花びらは季節外れにも関わらず満開で、鮮やかな薄桃色の花が、風に舞い散っていた。
「これが…誑し桜…?」
そうまおがつぶやくと、どこからともなく白髪の少女が出てきた。
まおはおびえながらもその少女に尋ねた。
「ねぇ、ここって異世界?」
少女はこっちを見つめたままなにか小声でつぶやいている。
「...だ...す」
「な、なに?」
今気づいた。少女の背中と誑し桜が白い帯のようなものでつながっているのだ。
筆者:緑井あお
2010年7月生まれ。
趣味は小説を読むこと。