夏祭り
「ユウジ、一緒に夏祭り行こうぜ」
ある夏の日、タクヤとミヨからそう声をかけられた。二人とは去年までは一緒によく遊んでいたのだけど、小六になって別々のクラスになってしまってからは何となく遊ばなくなっていた。去年の夏祭りは僕が風邪をひいちゃって一緒に遊べなかったから、また声をかけて貰えたのが嬉しくて、僕は「うん!一緒に行こう!」とすぐに返事をした。この町でお盆の時期に近所の神社を中心に行われる夏祭りはとっても盛大で、町中が提灯の灯りで一晩中照らされて、この日だけは子供だけで夜遅くまで出歩いても許される。色んな夜店が町のあちこちに出店して、それらを巡って遊んだり買い食いしたりするのが僕たち町の子供にとって夏一番の楽しみなんだ。
夏祭り当日の夕方、約束の時間にお小遣いを入れた財布を持って待ち合わせ場所に行ってみると、二人は先に来ていた。タクヤは好きな特撮ヒーローのTシャツを着ていて、ミヨはお気に入りだという花柄のワンピースの格好で、二人揃って僕を見つけると手を振ってきた。
「さあ、行こうぜ」
そう言って歩き出した二人の後についていく。今年も町中に提灯が飾られていてとても賑やかだ。それぞれの提灯には寄付した人の名前が書かれていて、この人はクラスメイトと同じ苗字だから親戚なのかな?とか、この会社の名前は通学路で見た記憶があるぞとか、提灯を眺めているだけでも楽しい。そうやって二人の後ろを歩いていると、だんだんと提灯の数がまばらになってきて、気付くと見知らぬ暗い夜道へと入り込んでいた。
「あれ?どこに行くの?神社はこっちじゃないよね?」
僕がそう尋ねると二人は立ち止まって振り返った。
「こっちにも夜店が出てるんだよ」
「そうそう、秘密の会場があるんだよ」
二人は人形のような無表情な顔でそう答えると、前を向いてまた歩き出した。僕は置いていかれないように慌ててついていく。月明りだけが僕らの足元を照らし、三人の足音と虫の声だけが静かに響く。短いようにも、長いようにも思う無言の時間が過ぎた後、うっすらと遠くに灯りが見えてきた。
「会場ってあそこのこと?」
少し立ち止まって灯りの方に目をこらしながら二人にそう尋ねたら、少し目を離しただけなのに、すぐ前を歩いていたはずの二人は数十メートル先にいた。
「ねえ、待ってよ!」
声を出して追いかけたものの二人は振り返ってくれなくて、しかも向こうは普通に歩いているだけのように見るのに何故か距離が一向に縮まらず、やがて二つの影は煌びやかな光の中に消えていった。
「はぁ……はぁ……」
二人を追いかけて息を切らせながら辿り着いた場所はたしかに夏祭りの会場のようで、神社の境内のような石畳の広場にたくさんの夜店が並び、難しい漢字がたくさん使われたやたら長い名前が書いてある提灯の明かりで煌めいていた。ただ、同時にとてもおかしなところがある。どこからか祭囃子の音も聞こえてくるし、大勢の人がいる気配もするのに、どうしてか人の姿が一人も見えないんだ。
「えぇ……?」
そんなことってある?と思って目をゴシゴシとこすってもう一度周囲を見渡すと、ぼんやりとたくさんの人影が浮かび上がってきた。良かった。誰かいるんだ。そうだよね、まるで僕一人だけ場違いなところに迷い込んだような感じがしたけど、ただの勘違いだよね。そんな風に会場の入り口で戸惑って一人で立っていると、きれいな女の人が声をかけてきた。
「坊や、いらっしゃい。一人で来たの?」
そのお姉さんは周囲のぼんやりとした人影と違ってはっきりと全体を認識することができて、黒いワンピースに長い黒髪に紫の瞳、それと真っ赤な唇がとっても印象的だった。
「ううん、違うよ。友達のタクヤとミヨと一緒に来たんだ。あ、そうだ、二人を探さないと!」
ここにやってきた目的を思い出して二人を探して駆け出そうとしたら、お姉さんにやんわりと止められた。
「ちょっと待って。お友達とは必ず会えるわ。それよりも坊やはちゃんと使えるお金を持っているのかしら?」
「え?お金?それならここにあるよ?」
僕はそう答えて財布を見せた。けれどもお姉さんは僕の財布を見ると眉をひそめて困ったような表情を浮かべた。
「それじゃあダメよ。ここではね、普通のお金は使えないの。これじゃないといけないの」
お姉さんが見せてくれたのは真ん中に四角い穴の開いたどこか古びたコインだった。
「えー、そんなの変だよ。どうしてそのコインじゃないといけないの?」
「ここはね、特別な会場なの。だから特別な価値のあるものじゃないといけないのよ」
お姉さんに紫色の瞳でじっと見つめられると、頭がぼうっとして、とにかくそういうものだと納得する気持ちになってしまった。
「ええと、ゲームセンターで専用のコインを使うようなものなのかな?じゃあ両替してくれるところを探さなきゃ」
「ふふふ、理解してくれて嬉しいわ。でもごめんなさいね、両替もちょっと簡単にはできないのよ。そうね、これも何かの縁だわ。今わたしが持っているこの六枚をあげるからこれを会場で使ってきなさい。子供には夏祭りを楽しんで欲しいもの」
そう言ってお姉さんは僕にコインを押し付けると、止める間もなく人波の中に消えてしまった。まるで幻のような不思議な突然の出会いだったけど、僕の手には確かにコインが六枚残っていた。ちょっと戸惑ったけど、とりあえず夜店を見ながらタクヤとミヨを探そう!と決意して僕は夏祭りの会場に踏み込んだ。
会場は夜店が碁盤目状に配置されていて、たくさんの人影が行き交っていた。顔を認識できない、薄ぼんやりした人影の波に紛れて通路を進み、ふらっと最初に覗き込んだ夜店には大きな水槽が置いてあって、水が流れていた。金魚とかヨーヨーをすくう店かな?と思ったけど、水槽には妙な船の模型が浮かんでいるだけで、ちょっとよくわからない店だった。
「いらっしゃい。ここを見つけるとは坊主は運が良いな」
古ぼけた編み笠を被った店主が僕に気付いて声をかけてきた。
「おじさん、ここは何の夜店なの?」
「夜店?ふん、ここは渡し場の出張所だ。お代は六文……ああ、コイン六枚だ。それでどこにでも連れて行ってやろう」
渡し場ってどういうことだろう?
「えーと、どこにでもってことは例えば僕のうちまで送って貰えたりするの?」
「おうおう、そういうことだ。ここは河の中洲のような場所。お前のようにまだ来るべきではない者を送り返すのも渡し守の仕事の一つよ」
うーん、言ってることがよくわからないや。タクシーみたいに運んでくれるってことっぽいけど。ただコイン六枚って手持ちの全部なんだよね。それに帰り道はタクヤかミヨに教えてもらえば良いわけだし……あ、そうだ!
「それって人のところにも連れて行ってもらえるの?僕、はぐれた友達を探しているんだ。だからその友達が今いるところまで連れて行ってもらう、ってこともできるのかな?」
「……まあ、そういうことも出来なくはないな。だが坊主、そんなことに渡し舟を使うつもりか?まったく、せっかくの機会を何だと思っているのか。これだから子供ってやつは……」
僕の質問の何が気に入らなかったのか、突然店のおじさんの声色が苛立つような、不機嫌なものに変わった。何かまずいことを言っちゃったみたい。
「ええと、その、とりえず自分で友達を探してみるね。まだこの会場に来たばかりだし、他の店も見てみたいから、それじゃあ、さよなら!」
店主の機嫌を損ねたことに怖くなった僕はそう言って人影の中に飛び込むと店の前から急いで立ち去った。
「やれやれ、ここから抜け出す機会をみすみす逃すとは馬鹿な坊主だ。六文銭はこの世とあの世の渡し賃。それをすべて失えば、彼岸にも現世にもどちらにもゆけんぞ」
慌てて逃げ出した僕の耳に、そんな店主の言葉が届くことはなかった。
難しい漢字で書かれた提灯や、うまく文字を認識できない夜店の看板を読み飛ばしながら進む僕の足は、一つの夜店から聞こえてきた音に足を止めた。その店からは何かが熱い鉄板の上でジュっと焼ける音が聞こえてきて、なんの食べ物だろう?と思って覗き込んだらタコ焼き屋だった。頭にねじり鉢巻きをした店主の手で手際よく生地にタコが放り込まれてはクルクルと丸い形に整えられ、どんどん焼き立てのタコ焼きが作られている。そのおいしそうな光景は何も食べずに歩き続けてきた僕のお腹にとても響いた。
「うわあ……おいしそう!おじさん、タコ焼き一ついくらなの?」
「いらっしゃい!タコ焼き一つ八個入りでコイン一枚だよ!」
「それじゃ一つください!」
「あいよ!」
僕が差し出したコインを受け取ると、おじさんは手早くタコ焼きをパックに詰めると爪楊枝を刺して渡してくれた。
「あ、お客さん。ここには来たばかりかい?」
「うん、そうだよ」
「それじゃあすぐ食べるのはやめた方がいいかもしれねぇな。うちのタコ焼きは特製なんだ。ちょっと他も回ってから食べてくれや」
そう言っておじさんは持ち運び用にとビニール袋を追加で渡してくれた。
「そうなんだ。わかりました」
渡されたタコ焼きは湯気が立っていていかにも熱々な見た目なのに、一体何を言ってるんだろう?と思ったけど、さっきの夜店で店主の機嫌を損ねたことを思い出して、とりあえず素直に返事をしておくことにした。そして、タコ焼き屋から少し離れると、こっそり一個食べてみた。
「つ、つめた!……なにこれ、まっずいの!!」
口に入れたタコ焼きはアイスのように冷たくて、カリカリな見た目とは裏腹にべちゃべちゃしていて、とんでもなく不味かった。これ、本当に時間が経つと美味しくなるの?もったいないから捨てはしないけど、口直しの飲み物とかどこかで売ってないかな?
タクヤとミヨを探しつつ、ついでにジュースがどこかに売ってないかなと思って会場を巡る僕の目にとまったのはお面屋さんの夜店、正確にはそこに置かれている一枚のお面だった。
「あれ、このお面、ゴロウに似てる」
うちでは僕が小学生二年の時までゴロウという一匹の犬を飼っていた。ゴロウは僕が生まれる前からうちにいた家族で、赤ん坊の僕を初めて見てはしゃぎまわって喜んでいる写真や、小さい僕を子守している写真なんかも残っている。老衰で亡くなってしまった時は家族みんなで泣いた。そんなゴロウによく似た犬のお面が、たくさんのアニメやマンガのキャラクターのお面に混じって置かれていた。
「おや、いらっしゃい、どうか見ていっておくれよ。どれも一つコイン一枚だよ」
店の前に立ち止まってお面をじっと見つめる僕に、狐のお面を被った店主が声をかけてきた。
「あの、このお面って……」
「ああ、それかい?動物シリーズの柴犬のお面だねぇ。ほら、この辺には猫や狸のお面もあるだろう?特にペンギンのお面なんかは小さい子に人気だねぇ。妹さんにでも買ってあげるのかい?」
まさか来年には中学生になる男子が動物のお面を欲しがっていませんよね?って言われている気がして、僕はそれ以上犬のお面について店主に尋ねることはできなかった。
「ああ、違ったかな?そうだねぇ、お客さんくらいの子に人気なのはこの辺だねぇ」
そういって店主が見せてくれたのはタクヤの好きな特撮ヒーローのお面だった。
「あ、それって!ひょっとして、そのヒーローのTシャツを着た子が買っていかなかった?」
「お、そうそう!よくわかったねぇ。ひょっとして友達かい?それならお揃いに君もどうだい?」
「うーん、同じものを買っても仕方ないから僕は違うやつにしたいかな」
「それなら……これなんかどうだい?」
店主が出してきたのはつい先日アニメ化もした新作人気マンガの主人公のお面だった。
「その作品のお面ってもうあるんだ!それじゃあ、それを買います!」
「はい、毎度あり~」
店主が渡してくれたお面を早速つけてみることにした。
「ところで、さっきのお面を買った子ってどっちの方に行ったかわかりますか?もう一人の友達と三人で来たんだけどはぐれちゃって」
「ああ、それなら女の子と一緒にあっちの方に行ったと思うよ」
店主が指差したのは僕がやってきたのとは正反対の方向だった。どうやら二人とすれ違いにはなっていないみたいだ。
「ありがとう!」
僕は店主にお礼を言って足早にお面屋さんを立ち去った。
「やれやれ、行ったかい。あの世にいっても忠義を尽くすのは結構だけど、世の中ってやつはそれが報われるとは限らないんだよねぇ?」
僕が去った後、犬のお面を片付けながら店主がそんなことを言っていたなんて僕が知るはずもなく、悲しそうな犬の鳴き声が闇の中に消えていった。
タクヤとミヨを探して歩き出した僕が次に足を止めたのは、アクセサリーや雑貨を並べている夜店の前だった。三人で夏祭りを回っていると、ミヨがよくこの手の店で立ち止まっては商品を眺め、あれが良いこれが良いと品定めをしていたのを思い出したんだ。特にこの夜店にはミヨの着ていたワンピースと同じ花柄のヘアバンドが置いてあって、ミヨが寄った可能性がある気がした。でも店先には何人もの女性客と思しき客がいて、店主に話を聞けるような雰囲気じゃなかった。諦めて先に進もうと思ったところで、ふと隣のくじ屋の景品にも同じアクセサリーが入っているのが目に留まって、妙に気になった。くじ引きかあ……目玉の商品となっているゲーム機はどうせ当たらないだろうけど、お菓子とかも入っているし、一回くらいやってみて、二人を見かけなかったか尋ねてみるのも良いかも?さっそく僕はくじ屋の店主に声をかけてみることにした。
「くじ引き一回やりたいんですけど」
「いらっしゃい。一回コイン一枚だよ。あ、うちは他と違って完全なおまけもつかないハズレありだけど大丈夫?その代わりに目玉商品とかもちゃんと全部入っているのは保証するよ」
え、こういうのってハズレでもおまけはくれるものとばかり思っていたけど、ここはそうじゃないんだ。でも声かけちゃったもんな。
「ええと、はい。大丈夫です」
「それじゃコイン一枚、はい確かに。それじゃ、好きな紐を引いてね。番号札がついているから、それを見せて」
何か当たりますように……えいっ。
「えーと、四番です」
「四番ね……四番はなんだったかな……ミネラルウォーターだね、はいどうぞ」
水かぁ……ハズレよりはマシかな?そういえば飲み物も探していたんだった。その点ではちょうど良かったかも。ジュースの方が嬉しかったけど。
「どうも。ところで、僕と同じくらいの歳の二人組を見かけなかったですか?」
「んー、どうだったかな。うちには寄ってないんじゃない?君って小学生?それなら向こうの方に射的屋があるからそっちで訊いてみたらどう?」
うーん、はずれかぁ。僕は店主にお礼を言って夜店を離れるとゆっくりと歩き出した。そうだ、せっかく水が手に入ったし、タコ焼きをまた食べてみようかな?通行の邪魔にならないように空きスペースに移動すると、ビニール袋からタコ焼きのパックを取り出して、恐る恐る一個食べてみる。
「……あれ、まずくない。というか普通?」
冷凍みたいに冷たかったはずなのにぬるいくらいの温度になっていて、べちょべちょだった生地も普通の柔らかさで、スーパーに売っているタコ焼きくらいの、悪くはないかなっていう味がした。
「どうなっているんだろう?とりあえずもうちょっと時間を置いてみようか」
僕は首を傾げながらタコ焼きを袋に入れると、射的屋を探して色々な衣装の人が行き交う人波の中へと足を踏み出した。
探していた射的屋はいくつかの夜店を通り過ぎたところであっさりと見つかった。そこにはタクヤとミヨはいなかったのだけど、代わりに景品の中にとても気になるものがひとつ。射的屋だから当然棚の上に色々な景品が並んでいたのだけど、その中にタクヤの好きな特撮ヒーローのTシャツとお面をつけた人形があって、僕はどうしてもそれから目を離すことができなかったんだ。どうしてかはわからないけど、何としてもこれを取らないといけない、という気がした。そんな謎の使命感に突き動かされた僕は、射的でその人形を狙うことにした。
「おじいさん、射的をしたいんだけど、一回何発ですか?」
「いらっしゃい。うちは一回三発、一コインだよぉ」
白髪頭でガリガリに痩せ細った店主のおじいさんはそう答えた。
「それじゃ、はい、これで一回分ください」
僕がコインを一枚差し出すと、店主は骨のような細い指でコインを受け取り、射的用の銃とコルクの弾三つを台の上に置いてくれた。昔、父さんが射的で景品を取ってくれた時のことを思い起こす。その真似をするように、僕は銃を手にすると弾を込め、右手で銃を持つと台に身を乗り出して、できるだけ銃口とタクヤの人形の距離が近くなる態勢を作った。震える腕を抑えて必死に狙いを定め、そして、祈るように引き金を引く。ポンッっと軽快な音を立ててコルク弾が銃口から飛び出し……外れた。まだあと二発ある、そう思いながら次の弾を込め、銃を構えて、撃った。……二発目も外れだった。これで外してもまだコインはある。そう思いながら撃った三発目も当然外れた。後から振り返ってみると、銃口を景品に近づけて撃つ方法は体の大きな大人向けのやり方で、小学生の僕が真似をするには向いてないやり方だったと思う。でもこの時の僕にはそんなことが思い浮かぶはずもなくて、そのまま店主にもう一枚コインを渡すと、また三発全て無駄にしてしまった。
「どうしよう……」
「残念じゃったのぅ。もう一回やるかね?それとも終わりにするかの?あいにく次のお客さんもおるもんでな」
呆然とする僕を急き立てるような言葉に、反射的に最後のコインを渡そうとしたところで、さらに店主のおじいさんの言葉は続いた。
「まああれじゃな、おまけはしてやれんがね、こういう時は一度落ち着いた方がええわ。ここはまだまだやっとるよって一度他も回って落ち着いてみたらどうじゃ?」
「……そうします」
僕はおじいさんの言葉に従って銃を台に置くと、一度射的屋を離れることにした。少し歩いて、空きスペースに移動すると、水を飲んで一息ついた。あ、そうだ。タコ焼きも食べよう。
「何これ、めちゃくちゃ美味しい!」
普通ならすっかり冷めているはずのタコ焼きは、焼き立てみたいにアツアツで、外はカリっとしているのに中は柔らかく、そこに弾力のあるタコの味が噛めば噛むほど染みてきて、今まで食べたことがないくらいに美味しくて、思わず声に出してしまった。
「あっつ……はふはふ……」
あまりにも美味しくて、そのまま残っていたタコ焼きを全部一気に食べてしまった。射的屋であの人形を何とか取らなきゃいけない気がするのは変わらないのだけど、美味しいものを食べて元気がでたし、とりあえずもう一度会場でタクヤとミヨを探してみよう。最後のコインを握りしめ、二人を探して会場を歩き回ると、何かに違和感を覚えた。何だろう?……ああ、そうか、見えるんだ。最初に会場に入った時にはぼんやりとした人影にしか見えなかったはずなのに、今は行き交う人々の服装も、その顔色もはっきりと見えた。浴衣に半袖、長袖にコート……夏祭りの会場だというのに人々の服装はちぐはぐで、多くの人が青い顔色で暗い表情をしていた。それに、あちこちに飾られた提灯の、難しくて長い漢字も何だったか思い出した。お墓で見たことがある、戒名ってやつだ。つまり、ここは、この会場は……そこまで考えたところで、ふと、紫色の瞳と目が合った気がして、意識が途切れた。
「……あれ?」
いつの間にか会場の片隅でぼうっとしていたみたい。何か大切なことを考えていた気がするのだけど、思い出せないや。仕方ないから、今はこの特別な会場で二人を探そう。そう気持ちを切り替えて僕はまた夏祭りの会場を歩き回った。ただ不思議なことに、どれだけ歩き回っても最初に訪れた夜店や、お面屋に出会うことはなく、気付くといつも射的屋の近くまで戻ってきてしまっていた。射的屋はそこそこ盛況のようで、見事に景品に弾を当てる客もいれば、僕と同じように何発撃っても外している人もいた。じっと客の様子を観察していると、何となくヒントが見えてきた。目標との距離があるなら銃身を安定させることが一番大切で、腕だけじゃなくて全身でしっかりと銃を構えて狙いを定めるのが大切みたい。あとは弾を当てても一発で倒れることは稀で、そこそこサイズ感のある景品は少しずつ後ろに押して落とすことを狙うのが良いっぽい。そんな風に攻略法をしっかりと考えると、僕は最後の一枚のコインを使って射的に挑戦することにした。
「おじいさん、射的一回、お願いします」
「はいよ」
店主が渡してくれた銃をゆっくり持ち、まず最初に構えを確認する。何度か引き金を引く練習をしてから、ゆっくりと最初の弾を込める。そしてタクヤの人形の上半身に狙いを定めると、引き金を引いた。ポンッと音を立てて飛び出したコルクの弾丸は狙い通りタクヤの人形に当たり、その位置を少し後ろにずらした。
「やった、当たった!」
景品を取れたわけではないけど、当たったことが嬉しくて思わずガッツポーズ。もう一度か二度当てれば落とすことができそうだ。深呼吸して息を整えてから、もう一度弾を込め、銃を構え、そして撃つ。コルクの弾に押されて人形の位置がさらに後ろにずれる。うまく落とせないと店主に位置をリセットされてしまうって話もあるけど、どうやらここの店主のおじいさんは動くつもりはないみたい。ニコニコしながらこちらを見ているだけだ。それを確認した僕は気持ちを落ち着けて、最後の弾を込めて狙いをつける。そして、引き金を引こうとした瞬間、後ろから肩を叩かれて、その拍子にコルクの弾は明後日の方向に飛んでいってしまった。
「あ……」
「よおユウジ、ここにいたのか」
呆然としながら振り返ると、あれだけ探しても見つからなかったタクヤとミヨが立っていた。
「どうしたんだよ、そんな顔をして。ああ、射的の邪魔しちゃったか?悪い悪い。でも、そんなに熱心に何を狙っていたんだ?」
「何って、そりゃタクヤの人形を……」
「俺の?えー、なんだそりゃ」
だって人形を取らなきゃタクヤは……あれ、でも目の前にタクヤがいるわけで?え、あれ?
「ええと、ほら、あの人形だよ。タクヤと同じTシャツを着てるでしょ?」
「どれどれ?」
「あら、ほんと。確かにタクヤくんにそっくりね」
混乱しながらも、僕が取ろうとしていた人形を指さすと、二人ともそっくりだと納得してくれた。
「ハハハ、俺とそっくりの人形を狙うだなんて、はぐれてそんなにも寂しかったのか?」
「もう、そんな言い方しちゃ駄目だよ。ユウジ君は私たちを探してくれていたんだもの」
「うん、だって去年の夏祭りは僕が当日急に風邪をひいちゃって一緒に回れなかったじゃない。だから今年こそはって思っていたから」
二人は僕の一言にハッとしたような表情を浮かべた。
「風邪……そうか、それで来なかったのか。ずっと待っていたんだぞ」
「そうそう。そして、待っていたら不思議なお姉さんがこの会場を教えてくれたの」
そう言いながら、二人はゆっくりと距離を詰めてきた。
「え?ずっと待っていたってどういうこと?僕をこの会場に連れてきてくれたのは二人だよね!?」
「いいや、コイン六枚を使い切った俺たちは去年の夏からずっとこの会場にいるんだ」
「夏祭りがはじまって、初めて一年経ったことを知ったわ」
「そんな、それじゃあ、この一年学校に通っていたタクヤとミヨは誰なのさ!」
困惑する僕を前に、二人の様子はますますおかしくなってきた。
「ソンナコトドウダッテイイジャナイカ」
「ソウソウ、ソレヨリモイッショニアソビマショウ」
虚ろな目をして、機械音声みたいな平坦な声でしゃべり、ゆっくりと僕に腕を伸ばしてくる。慌てて二人から離れようとしたものの、背後から誰かに肩を抑えつけられてしまった。
「あら、駄目じゃない。せっかくお友達と再会できたんですもの、遊んであげたらどうかしら?」
振り返るとそこには入口で出会ったお姉さんがいた。
「は、放してよ!こんなのタクヤとミヨじゃない!」
「そんなこと言ったらお友達が可哀そうじゃないの、ねえ?」
二人の手が僕の腕を掴む。その手はとても冷たくて、掴まれたところから身も心も凍っていくような感覚がした。
「サミシクテサミシクテ」
「ユウジクンガクルノヲズットマッテタノ」
「やめてよ!さみしいならこんなところにいないで、一緒に家に帰ろうよ!そうだ、渡し守!あの人のところに行ければ……」
必死に二人の腕を振り払おうとするけど、全然振りほどけない。必死にあがいているうちに、どんどん体から熱が失われて、声も出せなくなっていく。
「ダメよ坊や。六枚のコインを使い切ったなら、もうどこにも行けないのがここのルールなのよ」
「いやだ!そんなの知らない!僕は家に帰るんだ!」
僕は最後の力を振り絞って叫んだ。けれども、何かが起きることはなく……
「サア」
「コレカラハ」
「「ズットイッショダヨ」」
二人の言葉と共についに一切の感覚が無くなって、僕の意識はどこまでも暗い暗闇の中へと落ちていった。
少年が消えても何事もなかったように夏祭りは続く。いつの間にか射的屋の景品にはお面をかぶった人形が一体増えていた。