8:ビ、ビックリした。まさかこんな昼間から……
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ気になって、水晶玉を覗いてみることにした。
すると……。
リュカはダンスの練習をしている。ジャックは勉強をしていた。ヴィクトルは……見つからない。どこか聖域にいるのかしら。
神聖力を得たヴィクトルだが、いまだ、その力を発現させることができていない。そう言った場合、聖域と呼ばれる自然の力が満ちる場所に向かい、力を発現させるための鍛錬に励むという。
聖域には、魔法では干渉できない。よって水晶玉を通じ、様子を探ることはできないのだ。
アランはどうしているのかしら?
「!」
いきなりアランのよく日焼けした引き締まった裸体が見え、ぎょっとする。黒ヒョウというコードネームが相応しい、しなやかな体躯は、汗ばんでいて、何か運動をしている……? いや、そこは天蓋付きのベッドであり、ウェーブのかかった長い黒髪も見えた。
え、あっ、わっ!
慌てて水晶玉にハンカチを被せる。
ビ、ビックリした。まさかこんな昼間から女性と……。
え、そうなの!? うーん、アランはヒロイン一筋のはずよ。ということは、今、見えたのは任務の一環なのでは? 黒ヒョウと呼ばれるアランは、その男の色気と艶やかさを武器に、女性の標的の暗殺を専門にしていたはず。だからこそ、フラン王国の王女であるヒロインの命も狙っていたわけで……。
アランは今、十九歳。まさに体を武器にしている感じね。
「ゴ主人様~、銀狼ガ目覚メタヨ!」
「本当!」
ソファから立ち上がり、寝室へと向かう。
ベッドに置いたふかふかのタオルの上で目覚めた銀狼は、キョトンとしている。
ここがどこだか分からず、困惑しているようだ。
綺麗なアイスブルーの瞳と目が合う。
「怖がらないでいいわよ。私は北の魔女のアンジェリック。森の中であなたが魔物に追われているのを見つけ、助けたの。怪我をしていたでしょう。それを治療するために、この家に連れてきたの。解毒薬を飲ませ、ポーションも塗っただけよ、安心して」
銀狼は一瞬ビクッと体を震わせたが、私の言葉が分かるのだろうか。
耳をピクピクと動かし、懸命に話を聞いているようだった。
ノワールのように、言葉が通じたりするのかしら?
ゲームには、聖獣はいると書かれていたが、登場はしていない。
よってその姿をみるのは、これが始めてだった。
「喉が乾いた? お水を飲む?」
銀狼は、なんだかドキドキとしているような表情で、こちらを見ている。
それを見ると、言葉が通じている感じがした。
「お水もあるし、食べ物も何か用意するわ。……何がいいのかしら? 聖獣は野生の動物と同じ物を食べるわけではないのよね?」
「銀狼ニ尋ネテミタラー?」
「そうね。そうしてみるわ」
そこで思いつくままに、用意できる食べ物を声に出してみると。
ぶどうパンとイチジクで、銀狼の瞳がキラッと輝いた。
「分かったわ。お水とぶとうパンとイチジクを用意するわね」
ふさりとふわふわの尻尾が揺れる。
愛らしいわ……。
すぐに小さめのスープ皿にお水を入れ、ちぎって食べやすくしたぶどうパン、皮をむいたイチジクを用意する。寝室に運ぼうとすると、リビングの絨毯の上に、まるで子犬のようにちょこんと座って銀狼がこちらを見ていた。
そのお行儀の良さに、思わず頬が緩む。
「もう体を動かせるの? 無理しなくていいのよ」
お皿を手に絨毯にしゃがむと「大丈夫ですよ」という風に、ふさりと尻尾を振る。
やはり言葉が通じているように思えた。
「ではどうぞ、お召し上がりください」
思わず丁寧に告げると、なんと銀狼は、前足を自身のふさふさした胸元の毛に当て、頭を下げる。まるで貴族みたいな仕草に「まあ、なんて上品なのかしら!」と驚嘆してしまう。その瞬間、銀狼があのアイスブルーの瞳をキュッと閉じて、笑ったように見える。
な、なんて破壊的な愛くるしさ……!
その後も、とてもお行儀よく水を飲み、ちぎったぶどうパンもパクパクと食べている。イチジクを食べると、猫のように口元を手で綺麗にしていた。
食事の後は、そのまま自力で寝室に戻り、あのタオルの上でまた眠ってしまう。その後はもうひたすら眠り続ける。心配になり、何度か呼吸を確認するが、ちゃんと生きていた。
お腹が空いたのだろうか。夕方になると目を覚まし、一緒に食事をすることになった。
昼間と同じで、とても行儀よく食事をしている。
夕ご飯の後は、包帯を取り換え、寝る時は枕元にタオルを広げると、ちゃんとそこで銀狼は休んでくれた。
朝起きると、銀狼は私の髪に顔を埋めるように寝ている。
愛くるしい銀狼に、私はすっかりメロメロになっていた。