66:切ないなぁ。好きなのに。許されないなんて。
周回用デイリークエストに登場する中ボス(魔女)が、ヒロインの攻略対象と結婚なんて、許されることではない。もしそんなことをすれば、私は遅かれ早かれアランに害される気がしていた。
それに真面目を人間にしたような誠実なヴィクトルに、無理をして責任なんて、とって欲しくなかった。なぜなら――。
「……グランデェ卿は真面目で、ご自身にも厳しい方です。だからと言って、責任をとるために、ご自身の身分に釣り合わない、ましてや愛していない女性と無理に結婚する必要はありません!」
「釣り合い……。愛していない女性……」
ヴィクトルの表情が、サーッと冷たいものに変わる。
これは……。
以前のヴィクトルだ。
「黒の森」で見かけるようになった頃のヴィクトルは、いつもこんな人を寄せ付けない表情をしていた。
「釣り合い、とは何であろうか。確かにどこの国も慣習で、身分を気にする。だが自分はそんなこと、気にするつもりはない」
冴え冴えとした声で言われ、私は血の気が引きそうになる。
「それに愛していない女性……。どうしてそう思われるのだろうか?」
「え……」
「自分は銀狼の姿で、アンジェリック様に助けられて以降。ずっとあなたのことを、お慕い続けているのですが」
見る者を凍りつかせるような、冷え冷えした表情で、でも言っていることはとんでもなく情熱的なのですが……?
え、これは聞き間違い?????
「でも確かに。責任という言葉を体よく使い、アンジェリック様と結婚しようと考えるなんて、卑怯だった。騎士らしく、男らしく。自分の気持ちをきちんと伝えるべきだ」
そこでヴィクトルが、私の手を取った。
表情と言葉の内容のギャップで、パニックの私は何も言えない。
「正式に申し込ませていただく。ヴィクトル・グランデェは、北の魔女であるアンジェリック様に、求婚する。あなたのことを心から愛している」
そう言った瞬間。
ヴィクトルの表情は氷解し、その顔には春の花々が咲き誇っているように見える。
もう心臓がドキドキし、驚きと嬉しさと感動でいっぱいになっていた。
こんな素敵な相手から、夢のようなプロポーズされ、舞い上がらないなんて、無理なこと!
しかもヴィクトルのことは……嫌いなわけではない。
認めよう。
好き、だ。
ただ、私は……。
周回用デイリークエストに登場する中ボス(魔女)なのだ。
だから無理だと分かっていた。
よってヴィクトルへの好意は、胸の奥深くに封印していたのだ。
切ないなぁ。
好きなのに。
結ばれることが、許されないなんて。
「お気持ちは……嬉しいです、グランデェ卿」
私の言葉にヴィクトルの顔が、キラキラと輝く。
「ですが……グランデェ卿は、アン王女と結ばれるかもしれないのです」
そこで涙がぽたっとこぼれ、ヴィクトルの顔から笑顔が消える。
「ですからグランデェ卿の運命の相手は」「何の話だ?」
それはそうだろう。
突然、フラン王国のアン王女……ヒロインの名を出されても、意味不明だ。
「アン王女とは、ここ、フラン王国の姫君のことだと思う。なぜ、ジャックと婚約の内定が決まっているアン王女のことを、ここで持ち出す?」
「え……」
固まる私を見て、ヴィクトルは立ち上がり、自身の上衣の胸ポケットからハンカチを取り出す。そして当然のように渡してくれる。さらにソファに座るよう、私を促し、自身も腰をおろした。
「あ、あの、グランデェ卿。アン王女とジャック様が婚約って……」
するとヴィクトルは小さくため息をつき、自身の髪をかきあげる。
「まだ内定であり、公にはなっていないこと。よってここだけの話として聞いていただきたい」
そう言い置いてから話してくれたこと、それは……。