64:心拍数急上昇案件その一
静かにまどろむヴィクトルに、寝室から持って来た掛け布を、ふわりと広げようとした。
だが。
パチリと目覚めたヴィクトルは、掛け布を持つ私の手首をまず掴んだ。
「!?」
驚いて声も出せないでいる間に、そのままもう片方の腕で、腰を抱き寄せられた。ソファに座るヴィクトルの上に、膝から乗るような形になってしまう。慌てたところ、手首を掴む手がはなれた。と思ったら、顎を彼の手で持ち上げられている。
「な、何をし――」
突然、重ねられた唇。
何が起きているのか、理解できない。
私は、乙女ゲームの周回用デイリークエストに登場する中ボス(魔女)だったはず。
どうしてヒロインの攻略対象であるヴィクトルに、キ、キスされているんですかー!?
抵抗しなければならないと、頭の中では理解しているのに。
体が全く言うことを聞かない。
だってヴィクトルのキスは……。
ただ唇と唇が重なっているだけなのに、なんでこんなに意識を持っていかれるの!?
全神経が唇に集中してしまい、ヴィクトルのことを全力で感じようとしている。
その唇の温かさ、柔らかさ、触れ心地。
息遣い、漏れる吐息、熱い空気。
全身から力が抜けた瞬間に抱きしめられ、耳元で「アランには渡さない」と囁かれ、もうドキッとしてしまう。
そういえばアランが私の頬にキスをした時、ヴィクトルはものすごく怒っていた。
それって、それって……。
「アランには渡さない」=「アンジェリックは自分のものだ!」ということ……?
心臓が大爆発寸前!
「グ、グランデェ卿……」
消え入りそうな声で尋ねた瞬間。
ヴィクトルの体重がかかり、そのままソファに仰向けで倒れてしまう。
私の胸の辺りに、ヴィクトルの顔が押し当てられる。
ま、待って!
キスだけでも大事件なのに、い、いきなり、いきなり――!
パニックになる私に、ノワールが助け舟を出してくれた。
「ゴ主人様、グランデェ卿ハ、寝テイルヨー!」「えっ……」
しばし茫然とし、ようやく理解する。
一瞬、目を開けたから、起きたのかと思った。
でも寝惚けていたのね……?
夢の中で、アランとの戦いが続いていたのかしら。
私を助けようとして――。
でも私を助けるのに、キスが必要だった!?
それにあの言葉。
「アランには渡さない」――って!
落ち着くの、落ち着いて。
あれは、暗殺を家業とするようなアランには渡さないという、保護者心理だったのでは!?
そうよ、うん。そうだわ、きっとそう。
……それならキスは、何のために?
解決したいのか、解決したくないのか。
納得したそばで、自らツッコミをいれている。
「!」
「グランデェ卿、起キテー!」
ヴィクトルが私に覆いかぶさるような状態なので、ノワールが気を使い、彼を起こそうとしている……!
今、起きたら、ヴィクトルがいろいろパニックになる気がした。根が真面目な人だけに。
何しろ寝惚けていた時の行動なのだ。責めるのは可哀そう過ぎる。キスやドキッとする発言もあったが、本人無意識。「なんてことをしてくれました!」と問われたら、困り切るだろう。もしヴィクトルが日本人武将だったら「切腹して、罪を償います」とでも言いかねない。
「ノワール、いいわ。このままにしておいて」
しばらく寝てから起こした方が、寝惚けていた時のことは覚えていないだろう。私もあれは事故だったと思うつもりだ。ファーストキスが、まさかのヴィクトルというのは、とんでもなく衝撃的なこと。
とはいえ、嫌ではない。だって前世でゲームをプレイしていた時、ヴィクトルはダントツでカッコいいと思っていたのだから……。これは一生の思い出だ。
「うん……」
すっかり私は納得していたのに、ヴィクトルが可愛らしい声をあげ、目覚めてしまった。
目覚めと同時に、私のことをぎゅっと抱きしめる。
これは心拍数急上昇案件だ。
「!」
だが、すぐにガバッと上半身を起こしたヴィクトルの、氷河のような瞳と目が合う。
驚くほどの勢いで、顔から首まで赤くしたヴィクトルが、そのまま完全に起き上がったと思ったら!
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