63:とても馴染んでいる。でも……。
ヴィクトルによると、フラン国王陛下は、「黒の森」と言えば、北の魔女のアンジェリックということを理解している。かつそのアンジェリックは、森にむやみやたらに手を加えることを嫌っていることも、分かってくれていた。
ゆえにヴィクトルのこの案に、国としては賛成だが、後は私の許可を……となったというのだ。
ここで私は「なるほど」と思う。
私が黒イチジクを持参して、ヴィクトルを訪問するつもりだった。
それなのに彼がこの「黒い森」に現れたのは、この駐屯地の件があったからだ。もしかするとアラン登場が「たまたま懐かしくて」になってくれたのは、私とヴィクトルに会う必然性があったからかもしれない。もしもただ黒イチジクのために会っていたら、アランは私を手に掛けていたかもしれない……。
それはともかくとして。
駐屯地を「黒の森」の荒地に置くという件。いいのではないか。
魔物が退治しやすくなるし、「黒の森」は広大。
全てを人間の立ち入り禁止にする必要はない。
よってヴィクトルの提案には「いいですよ」だった。
この返事を聞くと、ヴィクトルは笑顔で「ありがとう、アンジェリック様」と微笑み、そこでようやく黒イチジクを口にした。
「……! なんて濃厚な甘さなんだろう。しかも蜜度の高いサツマイモのように、ねっとりしている。こんなに甘いイチジクは、初めて食べたな……」
「たっぷりありますから、お召し上がりください」
ヴィクトルは喜んで黒イチジクをパクパク食べる。
昼食としてパンもサラダもスープも綺麗に平らげているのに、問題なく次々と黒イチジクを食べることができるのは……。
彼が男性であり、騎士として立派な体躯をしているからね。
ヴィクトルの食べっぷりは、見ていて気持ちいい。
気づくと用意していた黒イチジクを、すっかり食べ終えていた。
「とても美味しかった。満足だ。……アンジェリック様の料理は、宮殿で出しても通用しそうな気がする。だがこの黒イチジクは、ここで食べるからこそ、なお旨く感じるのだと思う」
そう言って幸せそうな顔になるヴィクトルを見ると、私の心も、何か優しい気持ちで満たされる。
ノワールと食事をしていて、こんな気持ちにはならない。
なんだろう、この温かい気持ちは……。
「もう何も入らないかもしれませんが、一応、紅茶は用意しますね」
「うん、ありがとう」
私は紅茶を入れ、食器の片づけをする。
その間、ノワールはヴィクトルと、おしゃべりをしていた。
通常、使い魔は主としか話せない。
でも強い神聖力を持つヴィクトルは、使い魔とも話せるようだ。
ヴィクトルは紅茶を飲み、私とノワールは洗濯物を取り込む。
その様子をヴィクトルは何も言わず、穏やかな表情で眺めている。
なんだか不思議だった。
ヴィクトルがソファに座り、紅茶を飲む姿が、部屋に馴染んでいた。
王立聖騎士団の団長の軍服を着ている。
本来こんな場所に、いる人物ではない。
それでも彼がそこにいて、私やノワールを見守ってくれる感じがしっくりくるというか……。
そんな風に考えてはいけないと思う。
この家の景色に、ヴィクトルが馴染めば、別れが辛くなる。
彼が「ではそろそろ帰るよ」と言って立ち上がった時、あるはずのものがそこから失われるような喪失感に襲われるはずだ。馴染まず、浮いてくれていたらいいのに。そうすればいなくなっても、元に戻ったと安堵できるのだから……。
洗濯物をすべて取り込み、畳んでいると、ノワールが小声で私に教える。
「ゴ主人様、ヴィクトルガ寝テイルヨー」
「ノワール、そんな呼び捨てはダメだよ。グランデェ卿とお呼びしないと。彼は遠征部隊団長であり、貴族なのだから」
「ハーイ」
それにしても。
なんて無防備なのだろう。
少し俯き加減で、サラサラのアイスシルバーの前髪が、瞼を隠している。その瞼から伸びる睫毛が長い。通った鼻筋の下の唇は少しだけ開き、腕組みしたまま寝息を立てている。
きっと早朝から動き、ようやく昼食をとり、満腹になった。
何よりきっと、ヴィクトルはこの家でこうやって眠るぐらい、リラックスできたのだ。
そのことを嬉しく感じる。
安らぎをヴィクトルに与えることができたと思うと、なんだか心が温かくなった。
このまま寝かせてあげよう。
洗濯物を寝室に運び、そして予備の掛け布を手に、リビングルームへ戻った。
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