62:上品だな、と思う。
ヴィクトルが食事をする姿を見るのは、これが初めてではない。
船の食堂で、食事をとる様子は見ていた。
改めてサラダやスープを口にする動作を見て、上品だな、と思う。
騎士の訓練の一環では、野営などもあると思うのだ。じっくり食べている時間はない。きっとそんな時は、今とは違い、荒々しい食べ方になるだろう。でも今はそうではない。
口の周りにソースや食べかすがつかないよう、きちんと口の中に食事を運び、そしてゆっくり味わう。美味しいと感じた瞬間に、口角が緩む。
「なんて新鮮な野菜なんだろう。ラディッシュがこんなに甘いとは思わなかった。それにトマトもジューシーで臭みがない。キュウリもみずみずしいな。これもすべてアンジェリック様の菜園で、収穫されたものか?」
「はい、そうです。今朝、採ったものばかりですよ」
食事の感想をちゃんと口にして、残さず綺麗に食べてくれる。
その様子を眺めるのは、実に心地いい。
「そうだ。話が途中だったな。自分が王立聖騎士団の遠征部隊団長に就任した件。ブルボン国の王都には、これまで通り、団長がいる。つまり自分は、二人目の団長ということだ」
騎士団に団長が二人。珍しい。通常は副団長を置くと思うのに。
黒イチジクのパンを食べやすいサイズにして口に運んだヴィクトルは、二人目の団長の意味を教えてくれる。
「実はブルボン国の魔物はこの一年かけ、かなり数を減らすことができた。というのも、聖騎士の数が増えたからだ。なんでも自分の修練や鍛錬の経験を聞き、聖騎士を目指す騎士が増え、神聖力を持つ騎士も次々と現れた。おかげで魔物の退治もスムーズにできている」
フラン王国でさえ、ヴィクトルは有名人で、彼を目指す者が多いのだ。ヴィクトルが実際にそこにいるブルボン国では、さらに人気なのだろう。
「一方、フラン王国の聖騎士隊は、少数精鋭で頑張っている。だがフラン王国は、それなりに国土も広い。そこで今回、さらなる両国の友好を深めるため、ブルボン国から王立聖騎士団の部隊をフラン王国に派遣し、常駐させることになった。その部隊の団長に、自分が選ばれたということだ」
「なるほど! だから遠征部隊団長なのですね。……ということは、グランデェ卿はフラン王国に住むことになるのですか?」
「そうだ」
「王都のいずれかの屋敷に、住まわれるのですね」
そこでヴィクトルは手をはらい、パンくずを落とす。
昼食は食べ終わった。
後は、もぎたての黒イチジクを、デザート代わりでいただける状態。
ヴィクトルはグラスの水で、口の中をさっぱりさせ、黒イチジクを食べるのかと思ったら、違う。
「実は相談がある」
「相談、ですか?」
頷いたヴィクトルは、こんなことを提案した。
「フラン王国に出現する魔物の多くは、ここ『黒の森』に集中している。理由は他でもない。『黒の森』が広大だからだ。現状王都から、毎日のようにフラン王国の聖騎士隊は、通っている。自分の率いている部隊もそうなると思ったが……。調べたところ、大規模な自然発生による山火事で、木が焼かれ、荒地になっている場所が、この『黒の森』にあるだろう?」
山火事。
そうなのだ。去年の夏に起きた山火事は、秋を迎え、気温も下がり、一度は鎮火した。だが、火は完全に消火されたわけではなかった。地中に潜り込んだ火は、木の根を燃やしながら越冬し、春になり再び燃え始めた。地中深くまで水を行き渡らせ、火種を消すために、私も大規模な魔法を行使することになった。そこでようやく火は消えたが、現在荒地のままだ。一度は整備も考えたが、下手に手を加えず、自然に再生させようと思っていたのだけど……。
「この荒地を開墾し、聖騎士隊と自分の部隊の駐屯地を作ってもいいだろうか。そうすれば魔物の討伐もしやすくなる。それに……いや、なんでもない。ともかく、その許可を取りたいと思っている、アンジェリック様に」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
【続報】
明日、8月9日(金)の朝7時に新作を公開します。
ある日、森の中で、異世界転生していた主人公は
クマさんではなく、 さんに出会うことで
物語が始まります。キーワードは……
ほのぼの/西洋/中世/魔法/ハッピーエンド/ラブコメ/溺愛
ページ下部にリンクバナー設置しますので
ぜひ明日、お時間ある時に、遊びに来ていただけると嬉しいです!