61:おわっ。どうしてここにいるんだ!?
驚いてドアの方を見て、それ以上の衝撃を受ける。
「アラン、今すぐアンジェリック様から離れろ!」
そこには、碧みがかったアイスシルバーの髪、氷河のような瞳、そして新雪のような肌をした、純白の軍服姿のヴィクトルがいる! 装飾はすべてホワイトゴールドで、アイスブルーのマントも羽織っている。間違いなく、背中には白い薔薇と剣の紋章が刺繍されているはずだ。
「おわっ。どうしてブルボン国の聖騎士団の団長様が、ここにいるんだ!? あ、なるほどな。お前さんが解除したんだな、この家の周囲の魔法を。強力な神聖力は、魔法に対抗できる。でもって団長様は、その神聖力が強過ぎた。一部解除のつもりが、全解除しちまったと」
アランの言葉に、ヴィクトルがハッとした表情になる。
私の家にアランが忍び込めたのは、自身が神聖力で魔法を解除してしまったからだと、理解したからだ。
だがその表情は、波が引いて行くように、その端正な顔から消える。代わりに表出したのは、周囲を震撼せる冷たい表情。
「……君がここに忍び込める要因を作ったのが自分だと言うなら、その責任を取るまでだ」
まさに殺気を押さえず、剣を構えたヴィクトルを見て、今度はアランがハッとして、私の腰をはなした。
「待て、待て。団長様を敵に回すつもりはない。俺はモリス公国へ向かう途中だ。『黒の森』を見かけ、北の魔女のことを思い出し、懐かしくなった。何せ北の魔女は、イイ女だからな」
そう言ったアランは、前屈みになると、私の額に「チュッ」とキスをした。
その瞬間。
素早く動いたヴィクトルに、アランは斬られた……と思ったが、違う。固有スキルである気配遮断力を使い、アランは既にドアの方へ移動していた。
「いやあ、団長様。剣に神聖力込めるって何なんですか!? 激痛を与えながら回復って! 新しい拷問!? ともかく俺は、依頼された仕事をこなす必要があるんで。失礼させていただく。では北の魔女、また会おう」
「もう二度と顔を出すな!」
ウィンクしたアランに対し、ヴィクトルは氷点下の眼差しを向け、ドアはパタンと閉じた。
ほんのわずかな時間の出来事だったが、どっと疲れた気がする。
パタパタと飛んでいたノワールが、ローテーブルにひょこんと着地したことで、我に返った。それはヴィクトルも同じだったようだ。私を見ると、その場で片膝を地面につき、跪いた。
「アンジェリック様。家の周囲の魔法を解除し、申し訳なかった。自分が通過する一箇所のみを解除するつもりが……力のコントロールを間違え、全解除してしまったようだ」
その瞳を伏せ、心から申し訳ないという表情のヴィクトルを、責める気持ちにはなれない。
「大丈夫です。魔法はまたかければいいだけなので。……それよりも驚きました。何かあったのですか? まさかグランデェ卿がここにいるなんて」
アランが現れたのは、私の抹殺のためではなかった。たまたま近くを通り、思い出して会いに来たという、実に拍子抜けする理由。いや、これでいいのだ。深刻な理由だったら、今頃、こんなのんびりはしていられない。
「それは……その、サプライズをしたくなり……」
新雪を思わせるヴィクトルの肌が、淡い桜色に染まる。
氷河を思わせる瞳は、先程とは一転、なんだか甘く輝いていた。
「サプライズ、ですか……?」
そう言いながら、私は首を傾げる。
まさかここにいるはずがないと思ったヴィクトルが登場したこと。
これは間違いなくサプライズだった。
でもそれだけのために、わざわざブルボン国からこの「黒の森」に来てくれたのかしら……?
「見ての通り、自分は丁度、四日前に、王立聖騎士団の団長に抜擢された。正式には、王立聖騎士団 遠征部隊団長です」
「! そうですよね、その純白の軍服。とても似合っています」
「ありがとうございます」と答えたヴィクトルが私を見る。
なんだかその瞳がキラキラ輝いているように見え、とても眩しい……!
「ところで遠征部隊団長とは、どういうことですか?」
そう尋ねてから、慌てて付け加える。
「あ、ヴィクトル様。時間が大丈夫なら、ソファに座ってください。今、紅茶と黒イチジクと黒イチジクで作ったパンを用意しますから」
「黒イチジクと黒イチジクで作ったパン! 実は先ほど到着したばかりで、昼食をとっていない。ぜひいただきたいな」
「! そうだったのですね。すぐに用意します!」
ノワールも手伝い、すぐにヴィクトルの昼食を用意する。
同時に。
家の周囲に検知魔法と防御魔法を展開した。
黒イチジクのパンは、竈で少し温めなおし、その際、干し肉も一緒にあぶる。サラダも用意し、手早く豆のスープも作った。
「すごいな。短時間でこれだけ用意できるなんて」
「魔法のおかげです。とはいえ、団長であるグランデェ卿に出すには、粗末な料理ですが……」
「そんなことはない。光栄だ。いただきます」
そう言うと早速ヴィクトルは、黒イチジクのパンに手を伸ばした。
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【予告】
明日、8月9日(金)の朝7時に新作を公開します。
ぜひ明日、お時間ある時に、ご覧いただけると嬉しいです!