60:まるで襲ってくれと言っているようなもの
目の前に影が落ちたように感じ、目が覚める。
ソファに斜めにもたれ、ウトウトしている私の顔を覗き込む、ブラックオニキスのような瞳と目があった。サラリと黒髪が額にかかり、口角が上がると、その顔には妖艶過ぎる微笑みが浮かぶ。
「ア、アラン……!」
「よお、北の魔女。魔法も展開せず、こんなに無防備に寝ているなんて。まるで俺に、襲ってくれと言っているようなものじゃないか」
アランはカウチに余裕たっぷりで腰かけ、反対に私は慌てて背筋を伸ばす。
「ま、魔法は展開しているわよ!? どうして探知されずに……」
アランは彼の固有スキル、気配遮断力を持つが、さすがに実体を伴う。私の魔法で検知できないはずはないのに!
「平和ボケしたんじゃねぇか、北の魔女」
伸ばした手で私の顎を掴んだと思ったら、アランの顔は、私の耳のそばにまで近づいている。
「でもその寝顔、随分と可愛かったぞ」
「……!」
アランの温かい息と、少し低音な声がダイレクトに耳に届き、全身に震えが走る。アランはその声、体、仕草すべてが武器とも言える暗殺者。しかも限りなく色気満点で、男のフェロモン全開なのだ。
陥落しそうになる……。
正気を保つため、なんとか声を振り絞る。
「どうしてアラン、まさか、私を殺しに来たの……?」
よくよく考えれば、リュカ、ジャック、ヴィクトルとは、あれからずっと手紙のやりとりのみだった。ジャックに至っては、目と鼻の先の王都にいる。会おうと思えばいつだって会えた。でもそうしないのはジャックがヒロインの攻略対象だからだ。
でも今日、私はヴィクトルに会うことにしていた。それはただ、黒イチジクを渡すためであり、やましい気持ちはない。
……ヴィクトルは、ぶっちゃければ私のど真ん中の好みなタイプ。会えるのは嬉しい。目の保養になるし、眼福だから。とはいえ、ヒロインから奪う気はサラサラない。この世界で自分は、周回用デイリークエストに登場する中ボス(魔女)であることを、自覚している。余計なことをするつもりはない。
だが、ゲームの抑止力は、設定や進行に反する行動を、見逃すつもりはないのだろう。
ヒロインの攻略対象であるヴィクトルと、手紙の交換だけならまだしも、中ボスである私が会うなんて、許されることではない。逸脱行動をしたイネスは、アランにより消された。正確には、ゲームの抑止力が、依頼人という形でアランにイネス抹殺を指示した――と私は考えている。そして今回。私が目をつけられた。そう思ったのだ。
「北の魔女を殺す……? なぜ?」
「ち、違うの……?」
「あー、俺が、暗殺が家業だからって、顔見たら手当たり次第に殺すとか思っている? そんなことないんだけど。これは傷つく」
これには「違うんだ……」と呟き、「当たり前だろう」と言ったアランは……。
いきなり耳朶を甘噛みした。
「っう! な、何をするのよ!」
「可愛い声だ」
アランが腰を抱き寄せるので「や、やめて、アラン!」と叫ぶ。
すると。
バンと、ドアが蹴破られるようにして開き、「ゴ主人様―!」とノワールの声がした。
まさかノワールが、ドアを蹴破ったの!?
あの小さな体で!?
驚いてドアの方を見て、それ以上の衝撃を受ける。