59:いいわよね、たまには。
ヴィクトルとリュカとも、手紙のやりとりは続けている。
リュカとは完全に、祝い事に合わせた挨拶が多かった。
ホリデーシーズンや建国祭など、イベント時のカードのやりとり、というのが正解かもしれない。
ヴィクトルとは月に一回ペースの季節の挨拶だ。
紅葉の季節になったと、色づいた葉を手紙と一緒に同封してみたり。雪景色をスケッチし、それを手紙と一緒に送ったり。春の花を押し花にして、手紙に添えたり。
そして今日。
黒イチジクがいい感じで実ったので、届けに行こうと思うが、予定はどうですか――と、手紙を書いた。花壇でいい感じで咲いてくれたラベンダーと一緒に、手紙を送ることにした。
「じゃあ、ノワール、よろしくね」
「了解ー」
郵便で送ると、一週間以上かかる。
だが早馬を飛ばすような手紙ではない。
そこで伝書鳩が使われることも多いが、私の場合はノワールだ。
使い魔のノワールを、移動魔法で可能な限り遠くまで移動させ、そこからは飛んで届けてもらう。返事もそのまま持ち帰ってもらうので、ロスタイムが少ない。ちなみにノワールには帰還魔法をかけている。
帰還魔法というのは、使い魔が主の元へは、無条件でどこからでも帰ることができるという魔法だ。もちろん、次元が異なる世界では無理だし、距離に制限はあるようだが、これは魔法の強さで左右される。私は北の魔女のアンジェリックなのだから、魔法は強い。問題なくノワールを、帰還させることができた。
ということでノワールが出発して二日後。
ヴィクトルからの返事の手紙を持ち、ノワールが帰って来た。
手紙を確認すると、三日後のティータイムの時間に来て欲しいと書かれている。
王立聖騎士団の副団長ともなると、かなり多忙に思える。三日後で時間を作ってもらえるなんて! でも収穫にはベストタイミングだ。その日の午前中に収穫し、ティータイムにあわせ、持参しよう。本当はタルトも作りたくなるが、黒イチジクは生で食べるのが一番美味しいのだ。ベストなタイミングで収穫したものを、パクリといただくのが醍醐味。
三日後を楽しみに、私は菜園の手入れに精を出す。
◇
カーテンを閉めずに寝たので、空が白み始めると、自然と目覚めることができた。
「うーん」とよく伸びをして、ベッドから起き上がる。
顔を洗い、魔法でいつものラベンダー色のドレスに着替え、白いエプロンをつけた。ストローハットを被り、籠を手に持つ。
「ゴ主人様~、オハヨウ!」
パタパタと飛んできたノワールと共に、菜園へと向かう。
黒イチジクの収穫だ。
まずは果皮で、食べ頃のものを確認する。黒イチジクの特徴である果皮は、黒紫色のものがいい。完熟手前の果頂部のものを選び、グローブを付けた手で実をつかみ、枝からハサミで切り落とす。枝から出るこの白い液体は、かぶれる危険があるので、要注意。
食べ始めると止まらないのよね。六個は軽くいける。
ヴィクトルなら軽く十個は食べられそう。
そんなことを思いながら収穫していると、ノワールが食べたがるので、二人で味見。
「甘~イ! ゴ主人様、最高ニ美味シイ!」
「うん! これは間違いないわね。グランデェ卿も喜ぶと思う」
黒イチジクは皮ごと食べることもできる。でも軸を掴み、バナナをむくようにすると、皮は簡単にむくことができるのだ。
「美味シクテ、止マラナイヨ~」
ノワールの言う通りで、つい、朝食をいらないぐらい食べてしまった。
でもちゃんと、ヴィクトルの分は確保できている。
昼のサラダ用に野菜も収穫し、家へと戻ることにした。
家に着くと、魔法で用意した氷室に、収穫した黒イチジクをしまう。痛みやすいので、要冷蔵が基本。冷蔵庫はないが、魔法で冷やせるので問題なし。収穫した黒イチジクはその後、熟すことはない。枝から別れた時点で、熟成はストップする。よってトマトのように、常温で置いておくと甘くなる……なんてことはないので、黒イチジクは迷うことなく冷やす。
ヴィクトルに渡す黒イチジクは用意できたので、いつも通り、家事をこなした。
「ミンナ、来タヨー」
ノワールと二人、水晶玉を確認する。
フラン王国の聖騎士隊の面々が、森の中へ入って来た。これから魔物退治開始だ。
そんな彼らに私は気が向くと、差し入れをしている。
彼らの通り道に、焼き立てのパンや手作りのタルトを置いておくのだ。
今日はせっかくだから、黒イチジク入りのパンを焼こう。
魔法で時短しながら、パン作りを行った。
完成したパンはノワールと味見だ。焼き立てのパンに、黒イチジクの甘味がとてもよく合う。プチプチの食感もたまらない。レーズンパンも好きだが、黒イチジクパンも最高だ。
聖騎士隊用にバスケットに入れたパンは、ノワールに運んでもらう。
残りのパンは布にくるみ、籠へとしまう。
せっかく美味しく焼けたので、ヴィクトルにも渡すつもりだ。
本当は焼き立てを食べて欲しいが、さすがにそれは無理。
でも冷めても美味しいのだ。大丈夫。
ノワールが戻ると、黒イチジクのパン、干し肉、朝採り野菜のサラダで昼食をとる。
食後、ヴィクトルと会うために、服を着替えることにした。
その瞬間。
もう一年近く前に、ヴィクトルにエスコートされたことを思い出す。
あの時ヴィクトルは、自身の髪色や瞳を取り入れたドレスを着て欲しいと、私にリクエストしていた。ティータイムにあわせて会うのだけど、せっかくだから……。
ヴィクトルの瞳と同じ、氷河のような色合いの生地に変える。アイスシルバーの刺繍が飾られたチュールを、スカート部分に重ねてみた。ウエストには白いリボン、身頃にも大小のパールを散らす。
「これだと舞踏会にでも行けそうね」
「タマニハイイヨー、ゴ主人様!」
「そうかしら?」
「キレイー!」
こんなドレス、着るような用事がないからね。
いいわよね、たまには。
どうせ転移魔法で移動して、見せる相手はヴィクトルだけなのだし。
準備が終わると、あくびが出る。今日は空が白み始める時間に起きたのだから、満腹で眠くなって当然だ。ティータイムまでまだ時間がある。
少しだけ、ソファにもたれ、昼寝をしよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
58話と59話を間違って更新してしまい、ごめんなさい。