6:私はなんだか物足りない。
水晶玉でリュカの様子を確認し、すぐに理解する。
リュカは十五歳になり、社交界デビューすることになった。婚約者である悪役令嬢は、リュカと同い年。彼女も当然だが、社交界デビューする。つまり彼女をエスコートして、舞踏会に足を運ぶ必要があり、リュカは一時帰国したのだ。
なんだかんだで、水晶玉で彼らが森へやってくるのを確認し、「もー、性懲りもなくまた来たのね」と言いながらも、ツタに指示を出すことが、日常になっていた。その日常が唐突に途切れるのは……。
なんだか物寂しく感じる。
「平和ダヨー、ゴ主人様!」
使い魔のコウモリ、その名ノワールは嬉しそうにパタパタ飛んでいるが、私はなんだか物足りない。
「平和、ねぇ」
「黒の森」の中には通常の野生動物以外に、魔物もいる。
この魔物、別に北の魔女であるアンジェリックにとって、味方でもなく、どちらかと言うと、敵だった。何せ魔物は、自分以外はすべて敵という判断基準で行動しているからだ。ただ、魔法を使えるから。魔物と言えど、問題はなかった。
普段であれば、リュカとジャックが豆のツタを相手に暴れている間に。ヴィクトルが魔物を殲滅してくれる。おかげでこの黒の森の魔物の数はうんと減り、平和だった。だが、ヴィクトルが魔物の殲滅をしてくれない……。
そうなると、自分でやるしかない。
「面倒だわ……」
すっかりヴィクトルに魔物を任せていたので、魔物の相手が面倒になっている。でも放置すると、魔物がマイホームの近くに顔を出すこともあった。そのせいで、せっかく作った菜園を荒らされたこともある。
「仕方ないわね」
ラベンダー色のいつものドレスは、初夏になってから、半袖に変えている。この上に、生地を麻に変えたディープロイヤルパープルのローブを羽織る。初夏であるとはいえ、上空に向かうのだ。風を受け、雲を抜けるので、一応ヒンヤリ対策していた。
「ゴ主人様、僕モ行クー!」
「自分の身は自分の身で守るのよ」
「ハーイ」
ノワールを肩にのせ、箒を手に取る。
別に箒はなくてもいいのだけど。
魔女と言えば、箒が定番。
そこでエニシダを使い、箒を作っていた。
箒を手に家を出る。
馬も横乗りが基本だから、箒も横に座った。
「flotter」と浮遊のための呪文を唱える。
手を使い、魔力を調整し、上昇していく。
こうやって下界を見ると、ホント、「黒の森」という言葉がピッタリね。
眼下を見下ろし、魔物がよく表れた辺りへと向かう。
夏の朝の太陽は、もう昼間と思うぐらい、陽射しが強い。
魔物は太陽光を嫌うから、いるならあそこかしら。
ひと際黒く感じるトウヒの木が密集しているエリアへ移動した。
手を森へ向け、魔法を唱える。
「exploration」
魔物の気配を探知する魔法だ。
「ゴ主人様~、魔物ガイルヨ!」
「そうね。……でも思いの他、少なくて良かったわ」
ヴィクトルがこれまで毎日のように、魔物を殲滅してくれていた。よって数は少ない。
でもたった三日でこれだけいるなんて。
魔物は毎夜、分裂し、数を増やす。
一体でもいれば、翌日には数が増える。
前世の黒い虫みたいなのよね。
魔力を矢に変え、雨のように降らし、殲滅しようとしたが……。
「……うん?」
魔物ではない、何か清らかな気配を感じる。
それは私を育ててくれた光にも通じるもの。
「ドウシタノー、ゴ主人様!?」
「魔物以外の気配を感じるわ。でもなんだか弱っているような……」
魔物の動きを再度、感知すると、どうもその清らかな気配に向かっているように感じた。
「森へ降りるわ」
「エー、魔物ガイルノニ?」
「ノワールは降りなくてもいいわよ」
「ヤダヨー。ゴ主人様ノソバニイル!」
ノワールと共に、トウヒの木が密集しているエリアの手前で降下し、森の中へと入っていく。
「ウゲー、魔物ガ河ミタイ!」
ノワールの言う通りだ。
それぞれは固有の形、虫や獣の姿をとっているが、総体で見ると黒い塊。その黒い塊が、河の水が流れるように、ものすごい勢いで一点方向へと向かっている。
その先に何があるのか。
「vitesse」
速度を上げる呪文を唱え、黒い塊が向かうその先へと向かう。
ノワールはがっしりと私の肩に掴まっている。
見えた。あれは――。