58:季節は巡る
イネスがこの世界から消えて一年。
この一年は、長かったようで、あっという間だった気もする。
あの後、どうなったのか。
まずイネスの神殿は忽然と消え、その神殿が見えていた港町では一時、騒然としていた。でもイネスが美少年や美青年を攫っていたことは、既に知れ渡っていたので「悪い魔女が消えてよかった」ということで落ち着いた。
ヒロインの攻略対象が通わなくなった東の魔法使いのリシャールが潜む「銀の山」は、聖騎士を目指す若者の修行の場になっている。西の魔法使いであるモリスが治める「赤の砂漠」は、すっかり観光地だという。
モリス自身、あっけらかんとした明るい性格なので、サンセットや朝陽を見るツアー、昼間の砂漠灼熱体験で沢山の観光客が押し寄せることも、全く気にしていないらしい。
では私が暮らす「黒の森」はどうなったのか?
黒の森は相変わらず魔物のホットスポットであり、ヴィクトルが魔物退治に現れなくなり、しばらくは魔物退治が私の日課になっていたが……。
フラン王国にも聖騎士隊という組織があった。ただ、神聖力を持つ騎士の数が少なく、所属する聖騎士の数は、ブルボン国に及ばない。それでも少数精鋭で頑張る彼らは、ヴィクトルの噂を聞き、「黒の森」へ足を運ぶようになった。
ヴィクトルの噂。
それはこんな感じだ。
ブルボン国の王立聖騎士団に入団し、わずか半年で副団長になった聖騎士がいる。その名はヴィクトル・グランデェ。剣、槍、弓を完璧に使いこなし、魔物もこれらの武器で一掃できる。しかも馬術の腕も一流。さらに彼の持つ神聖力では、回復が可能で、魔法にさえ対抗できるのだ。
これだけの武力と神聖力を、どうやって手に入れたのか。
一つは「銀の山」での修練。もう一つは「黒の森」での毎日の魔物退治と聖域での鍛錬。これを知ったフラン王国の聖騎士隊は、日々の訓練を「黒の森」で行ってくれるようになった。
これは私にとって、実にラッキーなこと。魔物退治の毎日の日課から免除されるのだから! おかげで私は、菜園や花壇の手入れの方に、精を出せることになった。
その一方で、聖なる泉は聖域。一度に大量の人が訪れるのは、よろしくない。そこは大丈夫かと心配になったが、時間を決め、一人ずつが向かっているようなので問題なし。
こうして「黒の森」は、魔物退治の訓練場となり、木の無茶な伐採や過剰な狩りも行われないようになった。ここはリュカとジャックがあげてくれた報告書の影響も大きい。でも最大の功労者はやはりヴィクトルだと思う。
そう。
ヴィクトルは着々と聖騎士として成長していた。ではリュカとジャックはどうしているのか?
リュカはなんと婚約者である悪役令嬢と、順調に交際をしているという。六年前、あれだけヒロインにラブだったのに。帰国したリュカが、フラン王国のアン王女会いたさに、再びやってくることはない。詳しいことは分からないけれど。悪役令嬢が断罪回避のために、動いた結果なのかしら?
ジャックについては遊学ということで、フラン王国に来ていた。せっかくフラン王国にいるなら「黒の森」に顔を出してくれればいいのに。王都にあるアカデミーで勉学に没頭しているとかで、手紙はたまに送ってくれるが、「黒の森」に足を運ぶことはない。
だがジャックとは、手紙とのやりとりだけで正解だったと思う。というのも、ヒロインに動きがないのだ。攻略対象とまったく接点がないように思えた。……もしかすると神出鬼没の暗殺者アランを、攻略中なのかもしれないが。
もしアランとも接点がなく、私がジャックと頻繁に会い、仲良くなどしようものなら、消されたかもしれない。ヒロインが誰も攻略していないのに、中ボスの私がヒロインの攻略対象と仲良くするなんて、許されるわけがないのだから。
そんなこんなで季節は巡り。
菜園で育てていた黒イチジクが、イイ感じで実り始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
58話と59話を間違って更新してしまい、ごめんなさい。