57:あとはヒロインと上手くやって
船が港に着いた翌朝。
もう港は大賑わいだった。
イネスの神殿から解放された男性達は、久々の神殿以外の陸地に涙して喜び、そのまま故郷を目指す者、数日ここに滞在するという者、それは十人十色。ただ共通していることは「自由を手に入れた!」と喜んでいるということ。
やはりイネスの神殿には、自らの意志で向かったわけではなかった。でも動物に姿を変えられ、イネスが必要な時にしか人間の姿になれなかったのだ。そのストレスや、相当なものだったのだろう。
さらに港には、リュカを迎えに彼の近衛騎士達が待機していた。ジャックと残りの近衛騎士と兵は、フラン王国の王城の離れに残っており、リュカの帰りを待っている。リュカは一度フラン王国に戻り、国王陛下に挨拶をして、ブルボン国に戻ることになっていた。
一方、ヴィクトルはそのまま、ブルボン国に戻るという。そして自身の神聖力が発現したことを報告しつつ、イネスの神殿の件なども話すことになっていた。
この方針に従い、私はリュカと共に転移魔法でフラン王国に戻ることになる。リュカを迎えに来た近衛騎士達は、ヴィクトルと共にブルボン国へ帰国だ。
「アンジェリック様」
リュカとノワールと共に、転移のための魔法陣へ向かおうとしたまさにその時。ヴィクトルに声をかけられた。
「自分に採れたてのイチジクをあの日、届けようとしてくれましたよね。結局、そのイチジクはジャックの胃袋に収まったようですが……。今度、イチジクが実った時は、自分に食べさせていただけないでしょうか」
「あ、そうでしたね。確かに『黒の森』で栽培しているイチジクは、黒イチジクと言われ、通常より甘味がありますからね。イチジク好きの間では、有名です。イチジク好きのグランデェ卿であれば、絶対に食べたいですよね」
「いや、その……つまり……。まあ、そうです。はい。黒……イチジク。それをどうしても食べたく……」
なんだか歯切れが急に悪くなった。
あ、そうか。イチジクはジャムやドライフルーツにすれば、年中流通しているが、生で食べようとすると、季節が限られる。特定の時期にフラン王国まで足を運ぶのは、きっと面倒なのだろう。
「旬は六月から十月ですから。その時期に、お屋敷までお届けしましょうか?」
「……! それは転移魔法でアンジェリック様が届けてくれる、ということだろうか?」
「はい。お隣の国ですから。『青の海』よりうんと近いですし、お届けしますよ」
軽い気持ちの提案だったが、ヴィクトルはとても喜び、手紙で連絡を取り合おうと提案した。
よほど黒イチジクが好きなのだろうと分かったので、来年に間に合うよう、イチジクの栽培エリアを増やすことを心の中で誓う。
届ける黒イチジクは来年。
そう、次に会えるのは、来年だろう。
神聖力が発現したヴィクトルは、間違いなく、帰国したら聖騎士団への入団の話が出るだろう。入団と同時に、さすがに団長になることはない。だが聖騎士として少なくとも一年ぐらいは、みっちり経験を積むことになるはずだ。
つまり。
まだ黒イチジクのシーズンは終わっていない。でも帰国し、多忙となるヴィクトルとは、そう簡単に会えないということ。
会えない……わけではないと思う。私は転移魔法を使えるのだから。
ただ、ヒロインの攻略対象達は、既にレベル上げは完了している。あとはヒロインと上手くやってくれ……という感じだ。つまり余計な関りはあまり持たないということ。何しろ私は、第二のイネスになるつもりはない。
それにしても肝心の攻略対象であるリュカとヴィクトルはこんな港町にいて、アランは行方知らず。フラン王国の王都には、ジャックがいるけれど……。ヒロイン、怒っていないかしら? でもすぐにリュカは、フラン王国に連れ帰るから、待っていて!
こうしてヴィクトルに見送られ、私はリュカと共に、フラン王国に帰国した。