54:ゴ主人様、キレイダネー
「アンジェリック様、いかがでしたか?」
リュカが食後の紅茶を口に運びながら、夕食について尋ねる。
私は口の中のレモンタルトを飲み込み、即答した。
「とても美味しかったです! 普段食べない海の幸を満喫できて、大満足です」
森の中で暮らしていたので、海魚を食べる機会は、ほぼない。
だが今回、前菜から始まり、スープ、メインはすべて海の幸を使った物だった。
鯛のカルパッチョは肉厚で、散らされた花びらごと、いただくことができた。
魚介のスープは旨味が溶け出し、頬が落ちそうな美味しさ。
メインの魚料理はサーモンのミキュイ。ローストビーフみたいで、火は通っているのに、なめらかで柔らかく、バジルのレモンソースとの相性が抜群だった。
船旅は海の幸が楽しめて最高!と夕食を終えると。
リュカがデッキに出ないかと提案してくれた。
食堂ではリュカの隣に座っていたので、デッキまでのエスコートは、ヴィクトルがしてくれる。ヴィクトルにエスコートされ、デッキに着くと、先客がいた。
そう、人間の姿に戻った男性諸君達だ!
彼らは、私達があの神殿から皆を救出したことを知っているので、次々に御礼の言葉をかけてくれる。確かにこの船に、もれなく乗れるよう、手を貸したものの。この船を手配したのは、アランの依頼人であり……。
彼らの御礼の気持ちを一身に受けることは、申し訳なく思ってしまう。それはリュカも同じようだ。暗殺者であることは明かさず、アランというもう一人の協力者がいたことを、皆に伝えていた。
リュカは手柄を独り占めにはせず、立派だわ……と感動してしまう。
こうして御礼の言葉をシャワーのように浴びた後、男性陣から少し離れ、夜の海をデッキから眺めた。夜光虫が発生しているようで、海が輝いている場所がある。それはまるで、海底に光る宝石を沈めたようだ。
ネオンブルーの輝きが目に眩しい。
「ゴ主人様、キレイダネー」
手すりにとまったノワールが、私に声をかけた時。
「アンジェリック様!」
ヴィクトルもまた、男性陣の輪から抜け、海を眺めに来たようだ。
「グランデェ卿、見てください。夜光虫です。綺麗ですよ」
「! 本当だ。まるでランタンが海に沈んで、輝いているように見える」
しばらく並んで海を眺めていたが、ヴィクトルに不意に顎を持ち上げられ、ドキーンと心臓が飛び跳ねる。
「『黒の森』とは、また違う星空ではないか?」
一瞬。
キスでもされるのかと、目をつぶることも考えた自分に、猛烈に恥ずかしくなった。慌てて視線をヴィクトルの氷河のような瞳から、上空へと向ける。
そこに広がるのは、まさに満点の星空。
星の瞬きは、心臓の鼓動のようであり、静かに横切る流れ星に、目を奪われる。
顎を持ち上げていたヴィクトルの手は、いつの間にか手すりに載せた私の手に、重ねられていた。これには星の瞬きと同じように、せわしなく心臓が動き出す。ノワールの目も、この重ねられた手に、向けられている。
これは……少し恥ずかしいわ!
「三年前のあの日。魔物に追われていた自分のことを助けてくださり、ありがとうございました」
落ち着いた様子のヴィクトルに声をかけられ、緊張が少し和らぐ。
「銀狼の姿で、森の中を逃げていた時のことですよね? あの時は何があったのですか?」
「油断していました。イネスに呪いをかけられてから、約四年経っていたのです。その四年の間、二回、銀狼になることがありました。ですがそれは『銀の山』の近くでのこと。私は『黒の森』にいて、そこはイネスがいる『青の海』から、最も離れている場所です。ここなら神聖力を使っても、銀狼にはならないのでは?とふと思ってしまい……」