53:二次元の理想の推し像
食堂が近づくと、部屋の中のざわめきが、廊下まで漏れていた。
私達以外に、そんなに乗客っていたかしら……?
先頭を歩いていたリュカの到着にあわせ、ドアマンが扉を開けた。すると食堂には……。
驚いた。
今日は、船員さんはみんな仕事が休み?
食堂には、リュカと同じような白シャツに濃紺のズボン、オフホワイトのジャケットを着た船員さんが、沢山いる。しかもみんな若く、目鼻立ちが整っていた。
うん?
なんだかバスローブ姿の人や、寝間着姿の人までいる。さすがにそれはまずいのでは? 私は気にしない。でもここにはブルボン国の第二王子、つまりは王族がいるのだから。まさにそう思った時。
「いやあ、アンジェリック様の妹は、面食いだったということでいいですよね? 驚きましたよ。こんなに美少年と美青年が揃っているなんて。宮殿の使用人、特に給仕を担当する男性は、見た目も採用基準という話を聞いたことがあります。だがここまでではないですよ。アンジェリック様の妹は、約六年の間に、よくぞこれだけの男性を集めましたね」
リュカの言葉に「!」と気づくことになる。
ここにいる男性陣はみんな、イネスが神殿へ攫った人たちなんだ!
ヴィクトルが元の姿に戻ったように。
みんなも呪いが解け、人間の姿に戻った。
でも服はないわけで……。
船員さんの制服を貸し出しただけでは足りず、バスローブや寝間着になってしまったのね。
明日、港に着いたら、洋服屋さんは大繁盛になりそうだ。
あ、でもみんな、お金はあるのかしら?
「なんでもあのアランの依頼人は太っ腹なようで、部屋には金貨の入った袋が用意されていたそうですよ。身支度を整え、故郷へ戻るには十分な金貨が入っていたそうです。皆、安心していると聞きました」
そう言ったリュカは、こう付け加える。
「アンジェリック様と僕が案内された部屋、あれは特別室だそうです。ここには金貨はなしとのこと。でも安心してください。僕がいれば、お金には困りませんから」
船は今晩遅くに港へ到着する。
そのまま下船したい者は降りてもいいが、朝食まで船に残っていいと言われていた。つまり船室で休み、翌日、朝食をとって船を降りてもいいということ。その頃にはリュカが手配した部下達も、港に到着しているはずだ。
「アンジェリック様、席へ行きましょう」
思わず食堂の入口で立ち止まってしまった。
ヴィクトルのエスコートで、再び歩き出す。
それにしてもリュカの言う通り、選りすぐりの男性という感じね。見ているとなんとなく「あ、この人は長毛種の子猫だった人では?」「多分、この人は子ぎつねだった人ね」と分かってしまう。
中でもうりぼうだったと思われる男性は、かなりマッチョなのに、顔は童顔。何とも言えないギャップがあり、思わずじっと見てしまう。
「……アンジェリック様は、彼のような筋骨隆々とした方が、好みなのだろうか?」
ヴィクトルが少し拗ねたような、不貞腐れたような様子で尋ねる。
どうしたのかしら?と思いつつも、問われたことには明確な回答を、私は持ち合わせていた。ただしそれは二次元での話で、三次元でそんな人、あまりいないと思うのだけど……。
「筋骨隆々……いえ、どちらかというと、適度な筋肉で、引き締まって着やせできている方がいいですね。筋骨隆々過ぎても、シャツがはちきれそうですし……。ようするに贅肉がなく、適度な筋肉で全身がシュッとしている方がいいです」
「なるほど。その両立は、なかなか難しそうに思えるが……」
「そうですよね。その上で顔は子犬みたいなタイプがいいんです。後は前髪がサラサラで……」
って何を二次元の理想の推し像を語っているの、私は!
チラッとヴィクトルを見ると、彼は自身の前髪に触れている。そして「子犬……」と呟いていた。
「おい、ヴィクトル! アンジェリック様を独占する気か!? さすがにそれは許さんぞ。こっちで三人で座って食べる。エスコートは譲ったが、アンジェリック様は、僕の隣に座るからな」
リュカの声に、予定していたテーブルを通り過ぎていることに気づき、慌てて戻ることになった。リュカに請われ、彼の隣に着席し、夕食が始まると――。