52:できれば想像しないでください……
ヴィクトルが思いがけない提案をした。
「エスコートする相手に合わせた慣習がある。それはお互いの衣装に、相手の髪色や瞳の色を取り入れることだ。そこで厚かましいお願いになるが、自分の髪色や瞳、もしくはこの紺色の衣装。これを意識した色のドレスを、アンジェリック様に、身に着けていただきたいのだが……」
「分かりました。そんなのお安い御用ですよ」
私が返事をすると、ヴィクトルは頬を上気させ、目を細める。
ヴィクトルって、こんなに表情豊かだったかしら?
銀狼から人間に戻ってから、なんだかこれまでより、笑顔が増えた気がした。
何はともあれ、ヴィクトルはすぐに背を向けたので、早速、ドレスを変化させる。
スカートのフリルを、グラデーションにすることにした。アイスシルバーからアイスブルーへと変化する様子をフリルで表現。身頃はアイスシルバーで、濃紺のレース刺繍で飾ることにした。
「グランデェ卿、これでどうですか?」
私の声に、こちらへ振り返ったヴィクトルの新雪のような肌が、桜色に染まる。
「……とても美しい。こんなに自分を意識したドレスにしていただくと……」
最後は何を言っているか聞こえなかったが、とにかくヴィクトルは、耳まで赤くなっている。
やり過ぎたかしら……?
「あ、ご迷惑でしたか?」「そんなことはない!」
即答したヴィクトルは、さらにこんなことも提案する。
「アンジェリック様の瞳と同じ、スミレ色の飾り。これを自分につけていただくことは……可能だろうか?」
「ええ、できますよ。襟や袖、裾に、スミレ色のラインを入れるのでどうですか?」
「お願いしたい」
こうしてお互いの衣装が完璧に整った。
ヴィクトルは改めてこんなことを言う。
「魔法とは便利だな。でも多くの魔法を使うと、疲れるのではないか?」
「そうですね。転移魔法のような大技を使うと疲れますが……。服を変えるぐらいなら、どうってことないですよ」
「さすが北の魔女のアンジェリック様だ」
そこでドアがノックされ、リュカの声が聞こえる。
さっきとは違い、ドアを大きく開け、部屋の中に入るよう促すと……。
「ヴィクトル! 人間の姿に戻ったのか!?」
リュカが想定通りの反応をしたので、目覚めてしばらくしてから人間に戻ったのだと伝えると「そうか、それはよかった」とあっさり信じてくれた。これで全裸のヴィクトルと寝間着姿の私が、一緒のベッドで寝ていたことはバレない!と胸を撫でおろす。
だが、そこはリュカ。
そうは問屋が卸さない。
「人間に戻った時、服はどうしたんだ、ヴィクトル? ……掛け布がないな。もしや掛け布を魔法で、その衣装にしたのか?」
リュカはよく見ていると思う。まさにその通りなので、ヴィクトルも驚きながら「そうです。慌てて掛け布をまとい、すぐにこの衣装へ魔法で変えてもらいました」と応じることになる。
さらに。
「全裸だったのか……」
「殿下、できれば想像しないでください」
「ははは。ヴィクトル、君のその体なら、拝観料がとれるのでは?」
「!? そんなことしません!」
リュカとヴィクトルは、そんな冗談とも本気ともつかない会話をした後。真面目な顔のリュカが私を見た。
「もしや食堂までのエスコートは、ヴィクトルに頼むつもりですか?」
「! そ、そうですね。ティータイムは殿下にエスコートいただきましたから」
「……まあ、そうですね。しかしここまで分かりやすいドレスの配色は」
そこでヴィクトルがリュカの口を押えた。
「殿下、申し訳ありません。アンジェリック様にはお世話になりましたので。ここは自分にエスコートさせてください」
リュカがこくこくと頷くと、ようやくヴィクトルは彼の口から手をはなした。そこでリュカは意味深にヴィクトルを見てニヤリと笑った後、いつも通りの王子様の顔になる。
「それではヴィクトル、アンジェリック様、食堂へ行きましょう」
こうして三人で部屋を出た。