50:えっ、まさかの●●!?
「アンジェリック様」というリュカの声とノックに、気は急くが、ゆっくり上腕にのっかっている腕をどかし、ベッドから起き上がる。そこからはダッシュでドアへ向かい、細く開ける。
「あ、起きたばかりですか?」
「はい、そうなんです。すぐに出られず、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。あと一時間後に夕食だそうです。また声をかけますよ」
寝起きで多分、髪が乱れ、廊下の明かりに目を細めている私に対し、リュカは実に清々しい。石鹸の香りもしていた。
剣術の訓練を終え、既に汗を流し、身だしなみも整えている。シャツや濃紺のズボン、着ているオフホワイトのジャケットは、どうやら船長に頼み、入手したのだろうか。
船員の制服のようだ。
「夕食は一時間後ですね。分かりました。教えてくださり、ありがとうございます」
「着替えをされますよね? ヴィクトルは預かりましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です! 魔法であっという間に着替えてしまうので。では一時間後にまた」
リュカの返事を待たず、ドアをバタンと閉め、大きく息をはく。
一度深呼吸をして、後ろを振り返る。
「グランデェ卿、元の姿に戻ったのですね」
廊下の明かりから一転。
薄暗い部屋に、目がまだ慣れていない。それでもベッドで上半身を起こしているヴィクトルの姿は、なんとなく捉えることができていた。
「……はい。人間に戻るタイミングは、自分である程度調整できるのだが……。今回、眠り込んでいたので、いつの間にか戻っていたようで……。その、申し訳ありません」
ヴィクトルが上半身を折るようにして謝罪しているのが伝わってくる。
悪気がないことは分かっていた。
しかもヴィクトルは騎士なのだ。
目覚めたら私と一緒にベッドだった。
しかも私を抱きしめるようにして寝ていた……と気づき、猛省しているのだろう。
「無意識で人間の姿に戻ったのなら、仕方ないです。それにイネスの呪いが解け、人間の姿に戻ることは分かっていたこと。それなのにベッドに寝かさせたのは、私です。これは完全に私の落ち度だと思います。グランデェ卿が気にしなくても、大丈夫です」
「ですが……」
「ただ、一緒にベッドで寝ていた。それだけですから。それに……誰にもバレていません。殿下には、起きてしばらくしたら、人間に戻ったと話せば大丈夫でしょう」
ヴィクトルはそれでも「本当に申し訳ないことをした」「未婚の女性のベッドで目覚めるなんて」「自分は騎士団の団長なのに」と後悔の言葉を繰り返している。
とりあえず、明かりを。
そう思い、ヴィクトルに声をかける。
「グランデェ卿、明かりをつけますね」
「! そ、その、待っていただきたい」
「?」
「……何か着る物は、あるだろうか……?」
一瞬、着る物?となったが、すぐに理解する。
人間の姿に戻った時。服がない……ということでは?
つまり全裸。
え、全裸!?
まさか全裸のヴィクトルに抱きしめられ、寝ていたの、ベッドで!?
「アンジェリック様、本当に申し訳ない。この責任はきちんと取らせていただく」
「せ、責任なんて、そんな。大袈裟ですよ。銀狼から人間の姿に戻れば、服はなくて当然。気にしないでください。それよりも……バスローブがあったはずですから、少しお待ちください」
あ、でも暗いと、見つけにくい……。
とはいえ明かりをつけたら、ヴィクトルが丸見えになってしまう!
とにかく手探りでクローゼットを探す。
全裸のヴィクトルを想像してしまい、完全にパニック!
ヴィクトルは剣・槍・弓の達人であり、馬術も得意だ。
しかも王立騎士団の団長。
間違いない。
最強の肉体美だろう。
しかもいつもの軍服から想像するに、究極の細マッチョの完成形のはずだ。
見たい……。
そうではない! バスローブ!
カラン、ガラン、ガタン。
やみくもに手を動かしたので、クローゼットの中のハンガーが落下したようだ。
お、落ち着け、私。
深呼吸をしていた時。
背後に動きを感じた。
ぽわっと室内が明るくなる。
「見苦しくて、すまない……」
ヴィクトルは、掛け布をまるでギリシア神話に登場する神々のようにまとっている。それはそれでなんだか様になっていた。マントをつけ、頭にオリーブの葉で作った冠でも被せたら……。
皇帝みたいになりそう!
あ、それはローマか。
ではなくて!
再度、クローゼットを見ると、折り畳まれたバスローブは棚に置かれていた。
それを取り出そうとして思い直す。
魔法で、今まとっている掛け布を服に変えればいい。
「グランデェ卿、その掛け布を、魔法で服に変えますね」
「! 頼む……!」