45:放置することはできない。ここが潮時。
イネスの腰を抱き寄せているアランの手。
その指には、南の魔女であるイネスとの最後の戦いを経て得た、ブロンズ製の指輪がはめられている。この指輪をつけているアランは、女性相手に限り、つかれた嘘を見破ることができた。
「アラン、その左手の薬指につけているブロンズ製の指輪が、何を意味しているか、ご存知ですか?」
「なんで突然、アランにそんなことを聞くのですか、お姉さま!」
「いいよ、イネス。気にするな。イネスに反論できなくなって、悪あがきしているだけだ」
アランはそう言うと「チュッ」と再びイネスの髪に口づけをしてから答える。
「これはイネスが俺にくれた特別な指輪だ。俺は自分の意志でここにいる。だから呪いとも無縁だ。それに俺が一番、イネスを愛している。イネスもまた、俺を一番愛している。その証がこれだ。俺をイネスの特別と示すのが、この指輪だ」
「アランとイネスの特別を示す……。なるほど。私もそれを同じ指輪を持っています」
アランの眉が「何?」という感じでくいっと上がる。
「私が持つブロンズ製の指輪は、嘘を見破るための指輪です。その指輪がどんな指輪であるかと認識した時から、その嘘を見抜くという効力が発揮されます」
ブラックオニキスのような黒い瞳が真剣なものとなり、私を見据えている。
餌に食らいついてくれた――と思う。
「指輪の嘘を見抜く効果は、相手が女性である時に限り、発揮されます。例えばその指輪をつけた状態で、『本当に俺が一番好きなのか?』と問いかけたら、相手の女性は嘘をつけません。嘘をつけば、すぐ見破ることができます」
「それはお姉さまが持つ指輪での話でしょう! アランには関係ないわ!」
イネスはそこで突然、ヴィクトルを物のようにこちらへと投げつける。
リュカが素早く銀狼姿のヴィクトルを受け止めた。
「アラン、あなたはさっき、イネスの一番は自分だと言ったけれど、本当かしら? せっかく真実を見抜く指輪をつけているのだから、確認してみたらどう?」
アランは、嘘をつく人間を本能的に敵認定する。しかも信頼している相手が嘘をついたと分かった時の反動は、とても大きなもの。イネスの魂は、もう完全に堕落している。このまま放置はできない。申し訳ないが、潮時だと思った。
「……イネス、俺はお前の一番だよな?」
「も、勿論よ、アラン。あなたが一番よ。愛しているわ!」
かなり焦った様子のイネスが、そのまま後ろに体を向け、アランの首に両腕を絡める。全身をアランの体に押し付けるようにして、自身の唇を彼の唇に重ねた。
濃厚で濃密なキスが始まり、リュカが「こほん」と咳払いをするが、二人が止める気配はない。咳払いをしたリュカに視線を向けると、銀狼姿のヴィクトルまで、耳を倒し、視線を床へ向けていた。
ダメだったか。
繰り返されるキスの音に、もうこのまま二人はベッドへ向かうのではと目を背け、ため息をついた時だった。
「イネス」
アランの声に、キスが終わったのだと思った。
「愛していたよ。心から」
「アラ……」
シュッという音が一瞬聞こえた。
バタッという音に、視線を二人の方へと戻す。
喉を押さえたイネスが、床に倒れている。そしてイネスの体がキラキラと輝き、金色の粒子が空へ空へと舞い上がっている。
驚いてアランを見ると、その顔には金色の粒子がついている。
さらに左手には、同じく金色の粒子がついたシャムシール(曲刀)を持っていた。
「……俺は、嘘つき女が嫌いだ」
そう言いながら、アランは自身のズボンのポケットからハンカチを取り出し、顔についた金色の粒子を拭う。素早くシャムシールを腰に帯びている鞘に戻した。
そうしている間にもイネスの体が金色の粒子となり、消えていく。
そこで思い出す。
アランのシャムシール(曲刀)の持つ「永劫断絶」という特性を。
人間に対し、シャムシール(曲刀)を使うと、それは普通に殺傷能力がある。だが魔女や魔法使いにシャムシール(曲刀)を行使すると……。「永劫断絶」=肉体と魂が切り離される。肉体は、今見ているように、金色の粒子となり消えてしまう。魂は……どうなるのだろう。堕落していなければ、あの生まれたばかりの時のように、光の元へ戻れるかもしれない。
だがイネスの魂は呪いを使い、堕落していた。肉体から切り離された瞬間に、消失した可能性は……高い気がする。
ということで目の前でイネスの身に起きていることは理解できた。
そしてこの状況は……私の作戦がうまくいった、ということ……?
「魔女が死ねば、呪いも解ける――だろう、北の魔女?」