42:つ・ま・り、その程度ということです
銀狼のその瞳、アイスブルーは、まるで氷河のような色合いでもある。
そして氷河のような瞳と言えば……ヴィクトル!
「まさか、その銀狼は、ヴィクトルだと言うのですか!?」
動揺するリュカが尋ねると、イネスは暴れる銀狼の首根っこを掴み、クスクス笑いながら答える。
「その通りですよ、王子さま。ご自身の部下なのに。ご存知なかったのですか、彼がこの姿になることを?」
どう見てもリュカは、知っていた様子がない。私だって初めて知ることだ。
私は前世の記憶を持つことで、このゲームの世界について、知り尽くしているつもりでいた。だがどう思い出しても、ヴィクトルが銀狼の姿になるなんて情報は、なかったはずだ。
そもそも獣人族なんて、登場していない。
今後、登場させる予定で、そういうキャラ設定が、プレイヤー非公開でされていた……ということ?
だがこれで転移魔法の謎は解けた。
転移魔法で転移できるのは、二人まで。イネスとアラン、そして銀狼になったヴィクトルを連れ、転移していたのだ。
同時に。
六年前に私の正体は、ヴィクトルにバレていたということ……?という衝撃もあった。だが、銀狼=ヴィクトルであったことで、辻褄が合う。突然、銀狼が姿を消したタイミング。ヴィクトルというか、リュカ達が森へ戻って来たタイミング。完全に一致していた。
私が腹落ちする一方で、リュカは驚きの表情のまま、イネスの問いに答えている。
「……そうですね。僕はヴィクトルが銀狼の姿になるとは、知りませんでした」
「まあ、それは驚きですね~。王子さまの家来なのでしょう? それなのに、知らないなんて。どうして話さなかったのかしら、ヴィクトルは!」
ヴィクトルは懸命に暴れるが、あの幼い銀狼の姿だ。イネスの胸に押し当てられ、身動きがとれない状態になっている。それでも抵抗を示すように、尻尾を激しく振っていた。
「ヴィクトルは僕に忠誠を誓い、共にフラン王国まで同行してくれていたのです。僕に話さないということは、何か事情があったのでしょう」
リュカは間違いなく成長したと思う。
六年前のリュカだったら「何をっ!」と、イネスに食ってかかったかもしれない。でも今は冷静に、ヴィクトルがなぜ獣人族であることを伏せていたのか、きっと話せなかった理由があるのだと分析できていた。
「王子さま、気づいてくださいませ。ヴィクトルは王子さまのことを、そこまで信頼していないということですよ~。信頼していれば、話していると思います! つ・ま・り、王子さまとヴィクトルの関係は、その程度ということです」
「イネス、王族相手にそういう言葉遣いは失礼ですよ」
「はい、はい、お姉さま、すみませんでした。それでこんなお姿のヴィクトルを連れ帰って、どうするのですか? 神聖力も使えなくて、こんな獣の姿。これが王立騎士団の団長の本当の姿だと、発表するんですかぁ~?」
今の言葉、何か引っかかる。
さらに思い出す。イネスの言っていたことを。
――「東の魔法使いのリシャールが治める『銀の山』で、修練を積む彼を見た時。まだ幼い少年のヴィクトルを見た時、絶対に手に入れたいと思っちゃったの」
少年時代のヴィクトルを見て、イネスは彼のことを気に入った。手に入れたいと考えた。
イネスに目をつけられたことは、このゲームの世界ではイレギュラーなことだと思う。
そのことでヴィクトルは、ヒロインの他の攻略対象とは、何かが違って来てしまったのでは……?
違うこと……そう、違うことがある。ヴィクトルは神聖力を発現させることができないのだ。
その理由は不明だったが――。
イネスの神殿には、不自然なぐらい、愛らしい動物が沢山いた。
さらにいないと思った使用人が、男性の使用人を、沢山見かけることになった。
イネスは動物をコントロールするような魔法を、いつの間にかマスターしていた。
パズルのピースが頭の中で展開される。
それはやがて一つへと収束していく。
え、もしかして……。