41:どうしたって手に入れたくなっちゃう!←最悪。
「それでお姉さまは、ヴィクトルを返して欲しいんでしたっけ?」
イネスが腕組みをして、私に尋ねた。
応えようとすると、リュカが私を制する。
さらにイネスに見えないよう、私へウィンクしたリュカが、口を開く。
「ヴィクトルは、ブルボン国の王立騎士団の団長であり、僕の護衛のため、フラン王国へ来ています。僕はフラン王国での用事が済み、帰国するつもりです。当然ですが、ヴィクトルのことは、僕が連れ帰ります。僕の家臣でもあるのですから、ヴィクトルは」
リュカは、私とイネスが対立していることを、既に理解している。
私がヴィクトルを返してと言えば、イネスが反発すると、分かってくれていた。
そこで私とイネスの対立構造を排除し、あくまで自分の家臣であるヴィクトルを返してもらおうという構造を、作り上げたのだ。
この采配、ジャックがアドバイスしたのかしら? もしリュカの思いつきなら、本当に彼は成長したと思う。
そして確かにこうなると、イネスはヴィクトルをリュカに対し、返す必要がある。
「フラン王国の王子さまは、随分と横暴ね。ヴィクトルは物ではないのよ。自分のものだから返しさないって。偉そうにね」
イネスは完全な上から目線で、リュカを見下すようにしているが、そこで口角が上がる。
「でもあなたみたいな王子さまを屈服させたら、楽しいわよね。ヴィクトルもそうだけど、頑なに私を拒否されると、どうしたって手に入れたくなっちゃう!」
そこでクスクスと笑うと、「まあ、いいわよ。ついて来て頂戴」と歩き出す。アランがすかさずイネスの腰に腕を回し、エスコートする。
「行きましょう、アンジェリック様」
冷静な声でそう言うと、リュカが手を差し出してくれる。
いまだ慣れていないエスコートにドキドキしながら、デッキチェアから立ち上がった。ノワールが私の肩に止まる。
太い柱が何本も立ち並ぶ回廊を歩いて行くと、青銅製の巨大な扉の前に到着した。レリーフで飾られたその扉は重そうだが、アランがグッと押すと、ゆっくり開く。
広々とした部屋の一面には、細い柱が並び、窓ガラスからは、コバルトブルーの海と空が見えている。朝日を受けた海面がキラキラと輝いていた。
中央には天蓋付きのベッドがあり、でもそれ以外に何もない。
寝室、なのだろうか。
てっきりそのベッドに、ヴィクトルが眠っているのかと思ったが、誰もいない。
「アラン、彼を連れてきてくれる? 丁寧にお願いね」
イネスにそう言われたアランは、頬にキスをすると、ベッドへと歩いて行く。私はリュカを見る。リュカも私を見て、肩をすくめていた。
つまり「ベッドにヴィクトルはいないのに、どういうこと?」――そう、リュカも思っている。
ベッドに辿り着いたアランは、枕の方へと腕を伸ばした。
「あっ……」「銀狼ダヨ!」
私とノワールが、同時に声を出していた。
アランが胸に抱えているのは、ピンと立った耳、白銀の毛、ふさふさの尻尾。まだ子供の銀狼だ。どう見てもその姿は、昔、魔物に襲われているところを助けた銀狼に思える。
「えっと、アランが抱いているのは、人間ではなく、動物に見えます。僕の見間違いではなければ、銀狼だと思いますが……」
イネスの方へ向かうアランの姿を目で追いながら、リュカが口を開く。
「その通りですよ、王子さま。見ての通り、銀狼です。でも、ほら、この瞳に見覚えは?」
イネスが呪文を詠唱する。咄嗟に防御の魔法陣を展開しそうになったが、違う。今、イネスが唱えたのは、魔法の解除。
アランからイネスに渡された銀狼が、目を開ける。
魔法で眠らされ、そして今、強制的に目覚めさせられたようだ。
その瞳は、綺麗なアイスブルー。
やはり、私が助けた銀狼だわ!
でもどうしてここに……?
そう思うのと同時に、イネスが「この瞳に見覚えは?」と言っていたことを思い出し、さらにじっとその瞳を見つめる。
「「えっ」」
リュカと同時に声を出していた。
銀狼のその瞳、アイスブルーは、まるで氷河のような色合いでもある。
そして氷河のような瞳と言えば……。