40:センスは悪くない。性格だけが、とにかく悪かった。
「ついて来いよ、リュカ、アンジェリック」
突然、アランに声をかけられ、リュカと顔を見合わせる。
「イネスは神殿の再生をしている。その間に、大浴場を使わせてやるってさ。みんな、あの胃袋の中にいて、生臭い匂いが、髪にも体にも染み付いている」
これには「あ、なるほど」とリュカと頷くことになる。
人の鼻は便利にできていて、異臭を感じても、それに慣れてしまうのだから不思議だ。改めて自分の匂いを嗅ぎ、「あ、生臭い……」と苦笑することになる。でも今は全員臭いから仕方ない。
イネスとしては自分の自慢の神殿に、生臭い人間が二人いることが許せないのだろう。
こうして神殿の中に入ると、とても広々としている。魔法で全て手入れしているのだろうが、こんな広い神殿に、アランと二人だけで暮らしているのか……と思ったら。
何かがちょこまかと横切る。
「リュカ、今、何かいませんでしたか!?」
「いましたね。リス……だったと思います」
そこから大浴場に行くまで、長毛種の子猫、子犬、子狐、子ウサギ、小鹿やうりぼうまでいる。イネスは動物好きだったの……? こんな海の上の神殿で、沢山の動物を飼っているなんて。
そうしているうちに大浴場につき、入浴をすることになった。
ノワールのことは、脱衣所にある洗面台にぬるま湯をはり、そこで行水させることにした。
ドレスを脱いだ私は、浴場へと向かう。
そこは前世で言うならスパ施設みたいだ。プールみたいな広さで、彫像が飾られ、植物も並べられている。階段を下りて行くとお湯につかるような作りで、お湯には薔薇の花びらが浮かべられ、芳醇な香りが漂っていた。
石鹸も薔薇の香りで、体も髪もすっかり薔薇の香りで満たされる。
神殿といい、この大浴場といい、イネスのセンスは悪くない。
性格だけが、とにかく悪かった。
つい長湯しそうになり、最後に冷水を浴び、脱衣所へ戻った。ドレスは、白い生地にラベンダーのレースとリボンがついているものに、魔法で着替えた。髪も魔法ですっかり乾かすことができたまさにその時。
私と入れ替えで、イネスが大浴場に入ってきた。
こんな素敵な入浴をさせてもらったことには、御礼の一言もいいたいと思ったが。
イネスは歩きながら、魔法を解除し、自身が着ているドレスを脱いでいた。するとどこからともなく現れた二人の美青年が、そのイネスを左右からエスコートして歩き出す。
使用人はいないのかと思ったが、違うようだ。
というか入浴の手伝いを男性にさせるなんて……!
驚き、なんだかドキドキしてしまう。
結局、声をかけることはできず、大浴場を出た。
大浴場を出ると、サンルームがあった。
ドーム型の天井は曇りガラスになっているが、陽射しは緩く届いている。
いくつもデッキチェアが並び、そこにリュカを見つけ、声をかけた。
さっぱりしたノワールも、気持ちよさそうに羽をパタパタさせ、私について来ている。
アランが提供してくれたという白シャツにセルリアンブルーのズボン姿のリュカは、かなりラフでサッパリしていた。髪は短いので、魔法なしでも、もうすっかり乾いている。
石鹸のいい香りを漂わせるリュカは、自由に飲めるようになっている水をグラスにいれ、私に差し出してくれた。こういうところは本当に親切で、王子様だなぁと思ってしまう。
「大浴場に行ったら、沢山の男性がいて、驚きました。全員、使用人なのでしょうか? 声をかけたのですが、皆、会釈はしても、答えてはくれないんですよね」
「女性のお風呂場は、私だけでしたよ。男性の使用人ばかり雇っている……のかもしれませんね。実はイネスの入浴を手伝う使用人の姿が見えたのですが、それも男性でした」
これにはリュカも、さすがに驚く。
この世界の王侯貴族は、入浴の準備を使用人にさせる。だが入浴自体の手伝いは、子供をのぞき、あまり行われない。リュカは第二王子ではあるが、入浴は独りでするという。
令嬢は長い髪があるので、使用人が手伝うこともあるだろうが、それでも……。
「令嬢の入浴の手伝いは、女性がするものだと思います。男性の使用人に手伝いをさせるのは……恥ずかしくないのでしょうか。自分が逆に女性に入浴を手伝われることになったら……嫌ですね」
「私だって男性に入浴の手伝いをしてもらうのは、無理です」
そんな会話をしていると、イネスがアランを連れ、サンルームに姿を現した。
イネスはいつも通りのアザレ色のドレス。アランは黒シャツに黒のズボンと、普段通りの黒一色の装いだ。
「それでお姉さまは、ヴィクトルを返して欲しいんでしたっけ?」
イネスが腕組みをして、私に尋ねた。