39:多分、朝です!
翌朝。
朝になったかどうかは分からない。
でも暗殺者として、体内時計が完璧に機能しているアラン。
毎朝、私がいる「黒の森」へ通いつめたリュカ。
この二人は、昨晩と明るさは変わらないケートス(海獣)の胃袋の中なのに、「朝だ」「朝です」と声を揃えた。
そこで朝食をとり、私はおもむろに口を開く。
「一晩中、考えました。その結果、ケートスの動きを止める方法が分かりました」
それぞれのハンモックに腰かけている状態で、イネスは私を見ず、アランは「本当かよ」という顔で、ブラックオニキスのような瞳をこちらへ向けている。
リュカは「さすがアンジェリック様!」と碧眼の瞳を輝かせてくれた。
「シレーヌ(人魚)の歌と声で、ケートスは眠りにつきます。そして私はシレーヌの歌と声を、魔法で再現できます」
「シレーヌ? それだったらイネスだろう? 海はイネスの範疇のはずだ。だろう、イネス?」
アランが期待を込めた目でイネスを見るが、その顔は引きつっている。
それはそうだ。
イネスはその外見とはかけはなれた歌声を出す。
そう、とんでもなく音痴で、歌が下手。それは共に光の下で育てられたから、知っていることだった。
「なあ、イネス、歌えるだろう?」
しつこいアランにイネスは唇を噛み、無反応を決め込む。
だがシレーヌとなれば、海。海を拠点とするイネスが引き下がるのは、納得いかないとばかりに、アランは食い下がる。
仕方ないのでここは私がアランを止めることにした。
「アラン。今回は私が歌います。そもそもイネスには、転移魔法以外をここで使って欲しくないので。そのために今、声を封じているのです。もしもここで戦闘にでもなり、ケートスに何かあれば、間違いなく、海の精霊が現れます。それは即死を意味しますので」
この説明には、アランも納得せざるを得ない。
「では、始めます」
私はシレーヌの歌を口ずさむ。
魔法で声を増幅し、さらにより高音に変える。
「なんて……美しい歌声なんだ……」
アランの頬がほころび、その瞳がウットリしている。
シレーヌの声は、人間の男性を魅了するもの。
船乗りの男性を惑わせ、海へ飛び込ませる――。
イネスが、私に駆け寄ろうとするアランを、必死に押さえていた。
一方のリュカは、ハンモックに座る私の腰に抱きつき、こちらは完全に魅了されている。ひとまず頭を撫で、宥めた状態で歌い続けると……。揺れが収まった。ケートスの胃袋の中の海水の揺れが、ピタリとなくなっている。
私は目でイネスに合図を送る。
ムスッとした顔のイネスにかけていた魔法を解除する。
さすがに昨晩、あの魔法の種を飲んでいるので、イネスは余計な魔法を使おうとはしない。
代わりに「ふんっ」と鼻を鳴らしたイネスは、まずは魔法で自身の神殿までの距離を感知する。それを終えると、すぐに転移魔法で必要になる魔法陣を起動させた。そして私に手を伸ばすアランを引きずるようにして、そのまま転移魔法を詠唱する。
瞬時に二人の姿は消えた。
「殿下、私達も戻りますよ」
謳うのを止めた瞬間、リュカは我に返り、慌てて私から体を離す。
「アンジェリック様、申し訳ありません! 気づいたら体が勝手に……本当にごめんなさい」
「大丈夫ですよ。シレーヌの歌声には、人間の男性を魅了する効果がありますから。さあ、戻りましょう」
ノワールを肩にのせ、魔法陣を起動させる。
リュカと横並びになり、転移魔法を詠唱した。
こうしてケートスの胃袋から脱出すると。
新鮮な外の空気を感じ、全身が目覚める気持ちだった。
空気がこんなにも美味しいものだと感じたのは、これが初めてのこと。
しかも夜が明けたばかりの静謐な空気であり、余計に清々しく感じる。
空気の清浄さに加え、世界が明るく感じた。
日中の眩しいほどの陽射しがあるわけではない。
朝陽は水平線から顔をまさに出したばかり。
それでもあの青白いウミホタルの光を増幅させただけの、ケートスのお腹の中に比べると、うんと明るい!
そこで気が付く。
あのケートスのお腹の中で、どれだけ気持ちが塞いだものになっていたのかを。ケートスはとても大きく、胃袋の天井は高く、奥行きも幅もあり、決して狭い空間ではなかった。それでも外に出て感じるこの解放感。
アランやリュカは、いつも通りだったかもしれない。だが私は、かなり沈んだ気分だったのだと実感する。
今はもう晴れ晴れとして、大声で喜びの気持ちを叫びたい状態だった。
晴れやかな気分ではあるが、現実の世界は大変なことになっている。降り立ったイネスの神殿は、大理石の床が途中からなくなり、柱も消えていた。それは今、イネスの魔法で、まるで巻き戻しをするかのように、元の神殿の姿を取り戻しつつある。
「ついて来いよ、リュカ、アンジェリック」
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