4:まったく、困った王子様だ。
やんちゃで無鉄砲なリュカは、まだまだ経験不足。それでも中ボスの私に挑もうとして、森の中、奥深くに迷い込んでしまったことがあった。その結果、二日間、森の中を彷徨うことになったのだ。
この時は私も驚かされた。
甘恋では、攻略対象の幼い頃のエピソードは登場していない。もしかするといつか解放されるのかもしれないが、私がプレイしていた時、ヒロインの攻略対象は、全員落ち着いた青年だった。リュカは王道の攻略対象で、王子様として存在していた。こんな腕白時代があったなんて、想像できない。でも、これが現実! まったく、困った王子様だ。
とにかくヒロインの好感度が上がる前に、攻略対象に犬死にされては困る。何せ乙女ゲームに転生すると、シナリオの強制力が働くと聞く。おかげで悪役令嬢に運悪く転生してしまった者は、断罪回避がなかなかできず、苦しむという。
リュカが「黒の森」で犬死=中ボスである私が攻略対象を倒した、なんてことになれば、この世界で何が起きるか分からない!
仕方ないのでリュカが歩き疲れ、草むらで休むのを確認すると、私はこっそり彼に近寄った。魔法で魔物除けの炎を起こし、その体に毛布をかけ、パンと果物と水を入れたバスケットを置いておいた。
さらに森の入口からリュカのところまで目印を残し、捜索部隊が彼を見つけやすいようにしたのだ。
これが功を奏し、リュカは無事発見され、事なきを得る。さらにリュカが無茶をしないよう、ジャックが派遣された。以後、リュカはジャックと共に行動するようになったのだが。実はもう一人、この二人のそばに、寡黙に佇む少年がいる。
碧みがかった銀色――アイスシルバーのサラサラの髪。その瞳は氷河のようで、新雪のような透明感のある肌をしている。シャープな顔立ちで、鼻も高く、見るからに美少年。父親は王立騎士団の団長で、彼もその騎士団に所属する騎士の一人だ。リュカより一歳年上の十三歳だが、とてもその年齢には思えない程、大人びており、物静かで、何事にも動じない。
ジャックは弁が立ち、賢いので、リュカのお目付け役にはピッタリ。だが、護衛には向いていない。そこでリュカの護衛も兼ね、同行しているのが、ヴィクトル・グランデェだ。
今はまだ一介の騎士に過ぎない。だがヴィクトルはここに来る前に、既に「銀の山」での修練を終えていた。そして回復が可能で、魔法にも対抗できる、神聖力を手に入れていた。この神聖力は、ヴィクトルの固有スキル。
聖騎士と言われる騎士も、神聖力を持つが、回復はできず、魔法への対抗は不可で、ただ魔物に対しては効果てきめんというもの。
よってヴィクトルの神聖力は、他の聖騎士とは一線画す、まごうことなき固有スキルだった。ちなみに「銀の山」での修練を彼が終えると、確率で手に入れることができる力だ。
まだヴィクトルの神聖力は発現していないが、それが発現すれば、聖騎士となり、やがて王立聖騎士団の団長となる。
ちなみに「銀の山」は、東の魔法使いのリシャールが潜む場所。つまりヴィクトルは、リシャールとさんざんやり合い、経験値をバッチリあげ、アイテムもたっぷりゲットし、神聖力を手に入れていた。よってかなり有利なアドバンテージを得ていると思う。
これはヒロインがヴィクトルを攻略対象に選ぶ可能性が高い……と思うものの、まだ分からない。というのもヴィクトル以外にもう一人、現在、固有スキルを得るため、修練をしている攻略対象がいるからだ。
水晶玉で見える世界を切り替える。
無限に広がる赤い砂漠の大地。
北の魔女であるアンジェリックの兄弟の一人、西の魔法使いであるモリスが治める「赤の砂漠」。そこで修練を積むのは、ヒロインの攻略対象である、異国の暗殺者アラン・ベルナール。
アランの暗殺者としてのコードネームは“黒ヒョウ”。彼の髪は黒く、瞳はブラックオニキスのようであり、健康的に日焼けした肌をしていた。頬にはAを示すタトゥーをいれている。今はまだ十六歳だが、体は完成形に近い。
このまま成長すれば、しなやかな体躯を持つ、男のフェロモン漂う凄腕の暗殺者に育つはずだった。しかも固有スキル、気配遮断力を手に入れると、音もなく忍び寄り、ターゲットを抹殺できる。
ゲームにおいてアランは、ヒロインを暗殺するため、彼女に近づく。だがヒロインの美しさと天真爛漫な性格、そして嘘を決してつかないことを知り、一目惚れする。暗殺者を家業として生きるアランにとって、すべてが嘘で塗り固められていた。
自分自身が身分や名前を偽り、標的に近づく。その標的もまた、腹黒だったり、食わせ者だったりで、一筋縄ではいかない。平気で嘘もつく。
おかげでアランは嘘をつく人間を本能的に敵と認定し、衝動的に手をかけることもしばし。そんなアランだが、いざ恋に落ちると一途であり、ヒロインにまっしぐらだった。
その結果、ライバルとなるヒロインの攻略対象を暗殺しようとする、厄介なキャラクターでもある。
ただ惚れた相手への重愛が、ヤンデレ好きのハートをつかみ、攻略対象として選ばれることも多い。
固有スキルをヴィクトルとアランが手に入れたとなれば、ヒロインはこの二人のいずれかを選ぶのではないかしら?
そんなことを思っていると、使い魔のコウモリが「タスケテー」と窓から入って来る。
リュカが暴れているのね。
私は魔法を使い、豆の木のツタで、リュカ達に応戦させることにした。