34:一つの答えに到達
「子供の頃に見かけた美少年を手に入れたいと攫うなんて。アンジェリック様の妹君は、随分と積極的なのですね。……その気質は、アンジェリック様も引き継いでいるのでしょうか?」
ジャックの眼鏡越しの翡翠色の瞳には、期待が見え隠れしており、私は焦ることになる。
「ジャック様、今はそんなことを言っている場合ではないかと!」
「そうですよ、ジャック。今は南の魔女から、ヴィクトルを救い出すことを、最優先で考えないといけません。アンジェリック様の件はその後です。……ちなみに僕は一年程であれば、遊学名目で公務は免除されますから、攫っていただいても問題ないですよ」
リュカが頬をぽっと赤らめる。
私はこの二人が真面目なのかふざけているのか分からなくなり、口をぽかんと開け、固まってしまう。
「冗談ですよ、アンジェリック様。南の魔女がいる場所まで、人間が向かうには相応に時間がかかります。兵を整え、装備を準備し、馬車や馬を手配して……ここがブルボン国ならよかったのですが、フラン王国ですからね。三日から五日あれば、出発できるでしょう。その間にアンジェリック様の怪我も治るかと」
「殿下、それでは遅いです。そんな風にもたもたしている間に、イネスはヴィクトルを手に入れてしまうと思います」
「ではどうすれば……」
困り切った顔のリュカに私は「ノワールと私でイネスの所へ向かいます」とキッパリと答えた。するとリュカとジャックは「「えっ!」」と声を揃えて反応する。
「敵はイネスとアランと二人なのですよね? しかも敵の本拠地に乗り込むのです。地の利もない場所で、アンジェリック様お一人では、勝算はかなり低くなるのでは!?」
戦略家らしいジャックが即反応を示す。続いてリュカも私を止めようとする。
「一度敗北をしているのですよ、アンジェリック様は! それにレディを一人で敵地へ向かわせるわけにはいきません。それにそもそも装備を整えずで、どうやって行くつもりなのですか?」
「魔法使いは転移魔法を使えます。でもこの転移魔法では、移動できる距離と人数が限られているのです。一度の転移魔法で、移動できるのは、概算で二人まで。そして一日で可能な移動距離は、約百キロ程。イネスが住む『青の海』までは、約二百キロ。よって今から出発しても、遅いぐらいです」
そこで考え込んだジャックが私に尋ねる。
「今、おっしゃったことは、南の魔女も同様なのですか?」
「はい」
「南の魔女は、アランという暗殺者を連れていたのですよね? その上でヴィクトルを連れ帰るとなると、定員オーバーなのでは? 例えば体重の合算で考えていいのなら、魔法使いと幼い乳児二人でもいけるかもしれませんが……。アランもヴィクトルもいい大人ですよね?」
ジャックの指摘に「確かに」と思わず唸る。
あの時の様子を振り返ると、三人揃って帰るように思えた。アランとヴィクトルを移動魔法で少しずつ移動させ、自身は転移魔法で二人を追う……? いや、それだと恐ろしく時間がかかるし、手間だ。
「正直、そこのからくりはよく分かりません。ただ、もたもたとしていると、イネスは『青の海』に戻り、ヴィクトルを手に入れてしまいます。取り返しのつかないことになる前に、追跡したいと思います」
キッパリ言い切るとリュカが「分かりました」と返事をした上で、こう提案した。
「時間がないことも分かります。ここはアンジェリック様の転移魔法で追うのが妥当。では僕を同行させてください。僕には聖剣であるラダルナの剣があります。これがあれば魔法を跳ね返すことができますから、少しは役に立てるでしょう」
「え、殿下! お一人で敵地へ行くつもりですか!?」
ジャックが素っ頓狂な声を出す。
「一人ではないだろう? アンジェリック様が一緒だ」
この屁理屈にはジャックが「近衛騎士や私のことを連れて行かないのですよね! それはお一人ということです!」と断固抗議する。だがリュカは負けていない。「僕の護衛は、ヴィクトルの役目だ。その彼が捕らえられているなら、救出に行って当然だ」と論点をずらす。
私はリュカが同行する意味を検討する。
確かにリュカが持つ聖剣は、魔法を跳ね返すので、厄介だった。魔法で勝敗をつけようとした時、苦労した。その一方で、イネスは自身が魔法使いなのに、剣を平気で使ったりする。もしイネスが再び剣を使うことがあれば、リュカとはいい勝負になると思う。いや、リュカは六年かけて剣術を磨いている。イネスは剣術など習っていないだろうから、リュカの圧勝だ。
ではアランとリュカではどうだろう?
アランの固有スキル、気配遮断力は、厄介ではある。
だが……。
リュカが手に入れたアイテム、黄金で出来た薔薇。
このアイテムを持っていると、リュカは死を回避できる。つまりアランが決定打をリュカに与えようとしても、それは成されない。例えば心臓を狙っても、それは百%の確率で、逸れる。黄金で出来た薔薇は、攻略対象が持っていると、致命傷を百%回避する力を発揮するのだ。
一方でアランが持つブロンズ製の指輪。この指輪は嘘を見破ることができる。ただしそれは、相手が女性の場合に限るが。つまりこの指輪をつけたアランに何か問われた女性は、嘘をつくことができない。百%、嘘をつけば、バレてしまう。戦闘向きではなく、ヒロインとの恋愛において役立つアイテムと言えた。ということでこれは脅威にはならない。
検討し、私は一つの答えに到達した。
リュカが同行しても、ちゃんとポーションを用意していれば、問題ないだろう。
私の結論は出た。
後はリュカとジャックの話し合いの結果を待つだけだが……。
しばらく二人は言い争っていたが、最後はジャックが折れた。
「もし殿下が怪我をされたら、私の首が飛びます。そのことだけは、肝に命じてください」とジャックが恨めしそうに告げる。リュカは「分かった、分かった」と手をひらひらと振り、私を見た。
「アンジェリック様。僕がお供するので、必ずヴィクトルを助け出しましょう」
「ええ。では準備をします。一時間後に出発でお願いします」
こうして私は魔法を使い、一度家に戻り、ポーションを用意し、準備を整えた。
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~辺境伯のお父様は娘が心配です~』
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