33:「あ~」と頭を抱えたくなる
リュカは一瞬、何かを思い出すかのように視線を彷徨わせる。
その意味が分かり、私が口を開く。
「その氷柱は私です。私は怪我をして、倒れ、その周囲には沢山の血がありました。霧雨は血の匂いが広がるのを止めてくれたかもしれませんが、遅かったと思います。既に周囲に魔物が集まっていました」
魔物は血の匂いを甘く感じるらしい。その匂いに惹かれ、集まる習性があった。
「グランデェ卿は、魔物退治をしてくれていたと思いますが、太陽が隠れている時、魔物はその数を増やしやすいと言いますから……。相当な数の魔物が私の血の香りに惹かれ、集まっていたと思います。ノワールが魔物除けの炎を灯してくれていましたが、それは既に焼け石に水のような状態です。ノワールのおかげで一瞬意識を回復した私は、魔法で氷柱を使い、魔物を一掃しました」
これにはリュカとジャックは「なるほど」と頷き、ジャックが話し出す。
「剣により損傷した内臓は、回復により治癒されていても、大量の血を失っています。その上で、あの氷柱の雨を降らせたら、力尽きますよね。その魔法を使われた後、気絶されたのでしょう。駆け付けた時、アンジェリック様はいくら声をかけても目を開けることはなく……。心配でしたが、周囲には沢山の魔物の遺体。こんな場所からはすぐに出た方がいいだろうとなり、この離宮へお連れすることになったのです」
そこでジャックが唐突に頬をポッと赤くするので、驚いてしまう。眼鏡越しに見える翡翠色の瞳が、キラキラと輝いている。
「意識を失い、力尽きたのかと思ったのですが……。アンジェリック様は、変身の魔法を維持してくださっているのですね。その美しいお姿を、またもや見ることができると思わず。状況が状況でしたが、少し……いえ、かなり嬉しかったです」
これには「あ~」と頭を抱えたくなり、そして「もういいだろう」と腹を括ることにした。つまり、これが本来の姿であると、打ち明けることになった。
魔法を使い、老婆の姿に変身していたのだと話しているのに、二人はしばし理解が追い付かない。魔法が強い=ベテラン=老婆のイメージがあるようで、にわかには信じられないようだった。だが何度かこれが本来の姿であると繰り返すと……。
「僕達と年齢もほぼ同じではないですか!」とリュカが喜び「水臭いですよ、アンジェリック様! 最初からそうと教えてくださればよかったのに!」とジャックはもどかしそうにする。
一旦、話は脱線したが、三人とも紅茶を飲み、落ち着いてから話を再開することになる。
「僕達が駆け付けた時は、先程話したような状況で、ヴィクトルの姿はありません。ですが彼の愛馬が残されていました。よってここにヴィクトルはいたのだろうと推察できたのですが……。ヴィクトルがいて、アンジェリック様が怪我を負う事態は想定できません。あのヴィクトルであれば、自身を犠牲にしても、アンジェリック様を守ると思うのです」
リュカの言葉にジャックも深く頷き、こう指摘する。
「怪我をしたアンジェリック様を置いて、ヴィクトルがどこかに行くはずがありません。しかも自身の愛馬をおいて。ヴィクトルを出し抜き、アンジェリック様に怪我をさせるとなると、敵はよほどです。そこから推察できる敵の正体は、アンジェリック様と同じ、魔法使いなのではないかと思いました。この推理は正解ですか?」
ジャックは冷静にその場を分析し、あの場に現れた敵の正体を魔法使いではないかと指摘した。さらに推理した結果を話し、私に答えを求めた。
尋ねるジャックに私は「正解です」と応じ、何が起きたのかを説明した。妹である南の魔女のイネスが、アランという異国の暗殺者を連れ、突然現れたこと。そしてイネスの目的は、ヴィクトルに会うことだった。幼いヴィクトルをかつて見かけたイネスは、彼のことを気に入っていた。成長したヴィクトルを手に入れようと、あの場に現れたのだと伝えることになった。
さらに私のことを、イネスはヴィクトルの剣で刺したが、その理由は……。ヴィクトルを油断させるためだったと思うと説明した。加えてアランは、既にイネスに陥落しており、ヴィクトルを攫う彼女に協力するため、あの場に現れたのだと思うと話した結果。
リュカとジャックは――。