32:こうなった経緯
ヴィクトルがどうなったのか。
それは確認するまでもないと思ったが、尋ねずにはいられなかった。
その答えは予想した通りで、リュカは「僕達が駆け付けた時、あの場にいたのはアンジェリック様と、おびただしい数の魔物の遺体のみ。ヴィクトルの姿はありませんでした。……魔物の遺体は、すべて燃やしておきました。勿論、周囲の森に引火しないよう、注意して」と教えてくれた。
さらに昨日の状況について、リュカは語り出す。
宮廷医はポーションを手に既に退出していた。リュカとジャックはベッドのそばに椅子を置き、そこに腰を下ろし、私と話をしている。
「僕達は昨日、母国に帰還するための準備を進めていました。僕はフラン国王に謁見したり、ジャックは報告書を書いたり。アンジェリック様と決着がついても、だからと言ってすぐに出発できるわけではなく……」
要するに書類仕事に追われていたわけだ。
「ヴィクトルは退治した魔物について、日々レポートとしてまとめていました。律儀な奴です。よって彼自身の帰国の準備は、限りなくスムーズでした。荷物をまとめるのも手慣れていましたからね。そこで昨日は、いつもの日課になっていた聖域に向かうと聞いていましたが、特に止めることもありませんでした」
リュカがそう言ったところで、朝食が運ばれてきた。
リュカとジャックは既に朝食を済ませており、私とノワールのために、用意されたものだ。
ベッドで朝食をとりながら、王侯貴族である二人と、寝間着のままで会話をするなんて。無礼ではないかと心配すると「気にする必要はありません。アンジェリック様は怪我人なのですから。それに朝食をとりながら話をしたいというのは、こちらからの申し出ですので」とリュカは笑う。
朗らかに笑うリュカに、あの子供の頃の面影はなく、やはり王道の王子様に見えた。
「それで話を再開しますと、ヴィクトルはいつも日没前には魔物退治も聖域での鍛錬も終え、森の外で僕達を待っているぐらい、時間にはキッチリしているのです。昨日は、僕もジャックも森に入っておらず、夕食はフラン国の王族と共にとることになっていました。逆算すると、身支度のための時間をとる必要もあり、ティータイムには戻るかと思ったのですが……。ヴィクトルは帰館していなかったのです」
そこでリュカは用意された紅茶を口に運び、ジャックが続きを話し出す。
「いくら王立騎士団の団長とはいえ、聖騎士ではないですからね。一人で森に入り、いつも時間に厳しい人間が戻らないとなると、何かあったのかと心配になります。そこで殿下と兵を連れ、森へと向かいました」
ジャックはリュカと共に「黒の森」へ到着したが、そこで困ることになる。
「聖域の場所は、秘匿されているので、教えてもらうことができていません。そこで捜索する形で森へ入ったのですが……。突然、灰色の雲が上空に広がり、まだ日没前なのに暗くなりました。雨が降って来たのですが、ザーザー降るわけではなく、霧雨でした。全身に水分がまとわりつくような」
ジャックがリュカを見る。するとリュカは「湿度も急に高くなり、気温もあったので、まるで温室にいるように感じました」と言い、話を続けた。
「このまま捜索を続けるかと困っていた時、突然、氷柱が降り注ぐ様子が見えたのです。驚きました。そこで何かあると直感も働き、皆で、そちらへ移動したのですが……。結構、森のあちこちをうろついていたのに、魔物にあわないのが不思議でした。ただ、ヴィクトルは森に入ると必ず魔物を退治していたので、それで魔物にあわないのかと思っていたのですが、違います」
リュカは一瞬、何かを思い出すかのように視線を彷徨わせる。
その意味が分かり、私が口を開く。