31(2):ゴ主人様~!
傷の治癒が進んでいた点を、ジャックに尋ねられた宮廷医が答える。
「それはポーションが使われたのだと思います。通常であれば、縫合する必要がある傷ですが、薬を塗り、包帯を巻くレベルまで治癒していたのです。しかも傷を受けたのは昨日。そして今はその翌朝。明らかに自然の摂理から逸脱しています。それを可能にするのが、ポーションです。アンジェリック様があの北の魔女であるならば、ポーションを使ったとしても、おかしなことではないでしょう」
「僕達がアンジェリック様を発見した時、彼女は完全に気絶していました。確かに周囲には魔物除けの炎のランタン、空にになったポーションはありましたが……。傷を負って、意識を失うぐらいダメージを受けている。それでもアンジェリック様が、自分でポーションを用意し、傷口につけたのでしょうか?」
リュカの疑問には思い当たることがあったので、思わず私は口を開く。
「ランタンもポーションも私の使い魔……姿はコウモリのノワールが、家から持ってきたものだと思います。ランタンに魔除けの炎を灯すぐらいなら、使い魔でも可能です。ポーションは私が用意していたものを、ノワールに家から持ってくるよう、お願いしていました」
これにはリュカ、ジャック、宮廷医が「なるほど」と頷き、リュカが窓を見る。
「ジャック。昨日、アンジェリック様を連れ帰る時、コウモリがいると言っていたのでは?」
「はい。森を抜けても追いかけて来て、この離宮に着いた時は、そちらの窓の外にいたようですが……」
ノワール!
心配してここまで追って来てくれたのね。
ベッドから起き上がろうとするのを、リュカが制し、ジャックに目配せをする。
ジャックが窓のそばに行き、外の様子を伺う。
おそらく窓から見えているのは、王城に併設されている庭園だ。
とても美しい薔薇が見えている。
「あ!」
ジャックが窓を開けると。
「ゴ主人様~!」
その足には籠を持ち、こちらへとノワールがパタパタと飛んでくる。
受け取ると、そこにはイチジク、ポーション、そして白金で作られた雪の結晶が入っていた。
「わざわざ持ってきて来てくれたのね。ありがとう、ノワール」
籠を受け取り、ポーションを一本手に取り、イチジクの様子を確認した。
まだ痛んでいない。
籠を差し出し、リュカを見る。
「残りのポーションとイチジクは差し上げます。助けていただいたお礼です。……こんなものしかありませんが。この白金で作られた雪の結晶は、グランデェ卿のものです。必ず彼に渡してください」
「! ポーションは、物によりますが、それ一本が金貨数十枚の価値はあります。それを何本も……。まだ傷があるのに」
お腹の方は、まだ表面的な傷があるのだろう。他はどうかしら?
チラリと腕を見ると、細かいかすり傷や擦り傷があったはずだが、それは治っている。
元々ノワールには、足や腕に出来たちょっとした怪我の治癒のために、ポーションを持ってくるよう、お願いしていた。ポーションをとって戻ってきたら、きっとあの三つ巴ならぬ四つ巴の状況に驚いたはずだ。
イネスとアランが去った後、ポーションをまずはお腹の傷に。残りは手足の傷に使ってくれたのだろう。確認の意味を込め、ノワールを見ると、こくこくと頷いている。私の意図を理解し、「ソウシタヨー」という意味で頷いていると、理解した。
「お腹の怪我はこの一本で、もう大丈夫だと思います。他の軽傷は既に治っているようですし、問題ありません」
そう言って再度、リュカの方へ籠を差し出すと、ようやく受け取ってくれた。
ジャックがイチジクを見て「これは……」と微笑む。
「ヴィクトルは、イチジク好きなんですよ。イチジクタルトが特に好きで、白パンにつけるのも、いつもイチジクのジャムでした」
その言葉に、答えは分かっていても、確認せずにはいられない。
「殿下、ジャック様。グランデェ卿は……」