31(1):咄嗟の事態に
唐突に目覚め、見慣れない景色に戸惑う。
王侯貴族が眠るような、豪華な天蓋付きベッドに横になっていた。
枕はふかふか、マットレスも体にフィットしている。掛け布は肌触りがよく、窓から届く陽射しは明るい。グリーンの毛足の長い絨毯に、高級そうな革張りのソファ、暖炉、本棚が見えた。壁には黄金の額縁に風景画が飾られている。
ノックの音がして、黒のワンピースに白エプロン……メイドがウォッシュボウルとタオルを手に、部屋へ入って来た。私と目が合うと驚いた顔になり、すぐにドアを開け、声をかける。
「アンジェリック様が目覚めました! 殿下とカレ令息を呼んでください!」
殿下……もしかしてリュカのこと? カレ令息はジャックのことでは?
そう思いながら、自分の様子を確認する。
白い綿の寝間着を着ていた。
そうだ、私、お腹を刺されていたのに、生きているの……?
あの時、もう命は失われたと思ったのに。
掛け布をめくり、お腹を見る。
そこには白い寝間着が見えているだけだ。
そっと指を這わせ、恐る恐るで剣が刺さっていた場所に触れる。
包帯が巻かれていた。
でも痛みなどはない。
「「アンジェリック様!」」
名前を呼ばれると同時に、部屋にはリュカとジャックが飛び込んできた。
リュカに付き添い、ブルボン国に同行していた宮廷医が、私の容態を確認した。その上で、私の怪我について説明をしてくれる。
「わたしは現場に行っていません。ゆえに殿下とカレ令息から話を聞いただけなのです。ですがその状況から判断するに、剣を刺されていたのだと思います。しかも刺さった剣を抜くことで、大量出血をされたのでしょう。アンジェリック様の周囲は、血の海のような状態だったはずです。ですがこのフラン城の離宮に運ばれた時、傷を確認すると……」
私はフラン王国の城の敷地内に運ばれていた。敷地内にある離宮で、目覚めた。リュカが滞在していたのがこの離宮であり、そこに運びこまれたようだ。
ぼんやりとそんなことを思いながら、宮廷医の言葉に耳を傾ける。
「驚いたことに、内臓の怪我は完治していました。表皮に近い部分は、傷が治癒に向かっている状態。これは間違いなく、大変強い神聖力が使われたと思われます。回復です。内臓を瞬時に完治させる程の回復であれば、全ての怪我を治癒させればいいと思うのですが……表面の傷は、中途半端に残っていました。これは神聖力を使っている時に、邪魔をされ、最後まで回復できなかったのではないかと思います」
記憶を手繰り寄せると、意識を失う前に、「回復」という言葉を聞いた気がした。あの場にいた三人の中で、神聖力があるのはヴィクトルだけだった。でもヴィクトルは神聖力を使えなかったはずだ。
そのことを話すと宮廷医は「なるほど」と腕組みをして、私を見る。
「咄嗟の事態に、グランデェ卿の神聖力が発現したのかもしれません。ただ、神聖力が発現した際、そのコントロールを完璧にできるとは限らないでしょう。一番深い傷を回復した後、制御がうまくいかなかったのかもしれません。剣による刺し傷でダメージを受けた内臓を回復するのは、一点集中的に神聖力を使いますし、難しいことだと思います。緊張の糸が切れた瞬間、ご自身の中の神聖力の制御が困難になったのかと」
制御が困難になり、最後まで治癒ができなかった。もしくはイネスが邪魔をしたか、そのどちらかだろう。
「でも剣で刺されたとは思えない程、深部以外の治癒も進んでいたのです。これは一体、どういうことですか?」
宮廷医にジャックが尋ねる。