28:どうして突然現れた!?
神聖力こそ発現していなかったが。
ヴィクトルは破格の強さだった。
王立騎士団の団長に、十九歳で任命されたのも納得の実力の持ち主。
それはそうだろう。
六年間。
魔物相手に毎日戦闘を続けたのだ。魔物は人間よりうんと素早く動き、攻撃力もあり、予測不能な動きをする。それを連日、とんでもない数を倒してきた。それは歴戦の猛者に匹敵する活躍だと思う。
そのヴィクトルが背後を取られるということは……。
そしてこの声。
不意に現れた人物が誰であるか、すぐに分かってしまう。
アラン・ベルナール。
ヒロインの攻略対象の一人であり、異国の暗殺者。コードネームは“黒ヒョウ”。
アランの髪は黒く、瞳はブラックオニキスのようであり、健康的に日焼けした肌をしていた。頬にはAを示すタトゥーをいれている。その姿はまさに黒ヒョウ。
ヴィクトルの背後を取ったということは、西の魔法使いであるモリスが治める「赤の砂漠」での修練を終えているということ。そこで固有スキル、気配遮断力を手に入れている。
気配遮断力は暗殺者であるアランにとって、最高のスキルだ。音もなく忍び寄り、ターゲットを抹殺できるのだから。
だがしかし。
どうしてアランが突然現れたの……?
アランは、私の前世ゲームのプレイ記憶では、ヒロインを暗殺するため、彼女に近づく。だがヒロインの美しさと天真爛漫な性格に一目惚れ。その結果、ライバルとなるヒロインの攻略対象を暗殺しようとするのだけど……。
リュカは既にヒロインに一目惚れをしている。だがジャックもヴィクトルも、まだヒロインとは接触していないと思う。
北の魔女であるアンジェリックとの決着を経て、宮殿で開催される舞踏会に、リュカ共々ジャックとヴィクトルも招待される。さらにヒロインの暗殺の使命を帯びたアランも、この舞踏会に登場。この舞踏会で、ヒロインとすべての攻略対象が出会うのだ。
つまり今、この時点では、ヴィクトルはアランの暗殺対象ではないはずだった。
それなのにどうしてアランは……?
「あ、お姉さま、お久しぶりです~」
!?
このバタークリームのようなこってりした声は……。
さっき感じた自分とは違う魔法の気配。
その正体はコイツだ!
アンジェリックとは姉妹関係であり、一歳年下の妹に当たる南の魔女のイネス。
ツインテールにしたストロベリーブロンドにさくら色の瞳。ルビー色のドレスにアザレ色のローブのイネスが、アランの背後から現れた。
赤ん坊の時、イネスを見た瞬間。
その媚びるような笑顔が、私のことをディスった会社の後輩女子にそっくりで、思わず「げっ」と思ってしまった。できればこの女子(赤ん坊)とは関わりたくないと感じたが、結局、一緒に育てられることになる。
だが育てられている最中は、没交渉で済んだ。お互いに距離をとり、話すことはない。会話なしで寂しくないのかというと、これが不思議と何も感じなかった。
しかも成長してからは、それぞれの受け持つエリアへ移動し、もうイネスとは会わずに済む……と思っていたのに。そんなことはなかったようだ。
「私に何の用かしら、イネス。それにどうしてアランが? あなたが連れてきたのよね?」
「うーん、お姉さまに会いに来たわけではないんですよぉ。アランには、お留守番してって頼んだのですけど、イネスのことが心配だから、ついて行くって聞かなくて~」
これは一体どういうこと……?
チラリとアランに目をやる。
黒ヒョウのコードネームに相応しく、黒のシャツに黒のズボンに黒ブーツという姿だ。既に数年前、水晶玉でその姿を確認した時も、限りなく完成形に近かった。だが今は間違いない。しなやかな体躯を持ち、男のフェロモン漂う二十二歳の、凄腕暗殺者に成長していた。そしてその手に持つシャムシェール(曲刀)も、刃が黒い。
「!」
シャムシェールを持つ手には、ブロンズ製の指輪が見えている。
つまりアランはイネスと最後の戦闘を終え、あの指輪を受け取ったということだ。
そうだとしても、それでお終いでは? なぜ行動を共にしているの……?