27:まるでハードモードの展開です!
「flotter!」
怒鳴るように叫び、箒に乗った私は急上昇した。
「ゴ主人様、大変、怪我シテル!」
ノワールがすぐそばに来て、声を掛けてくれるが、息が切れ、何も言えない。
ヴィクトルの強さは、想像以上だった。
異例の若さとスピードで、王立騎士団の団長におさまったのも納得の腕前。
こちらに攻撃の隙を与えないような連続攻撃。しかも足は魔法で強化しているのかと思うぐらい、早い。跳躍力もある。ジャンプした上で槍を振り降ろされた時は、もう死んだかと思った。ヴィクトルがゲームの強制力に抗い、ほんの数センチ外してくれたおかげで、命拾いしたようなものだ。防御の魔法陣を出すことさえできなかった。
もしヴィクトルが神聖力を発現していたら。
魔法を解除され、すぐに降参だったと思う。
今はあまりにも攻撃が次から次へとくるので、降参することさえできない。
もう無理と思い、箒を元のサイズに戻し、上空へと逃げた感じだ。
肩で息をしながら、ノワールに「家に、ポーションを取りに行って」と頼む。「ワカッタヨー!」とノワールはすぐに飛び立ってくれる。
ホッとしたのも束の間。
「避けろ、アンジェリック様」の叫びに、目をむくことになる。
こんな上空にいるのに、何を避けろと!?
そう思うが、すぐに理解する。
ヴィクトルの槍がこちらへ向かい、飛んできていた。
嘘でしょう!?
この高さに、あのスピードと強さで槍を投げるなんて、人の力を超えている!
「vent du nord(ヴォン・ドゥ・ノォード)」
「defense」
風で槍の勢いを削ぎ、防御の魔法陣を展開し、それでなんとか防げた。
槍は落下し、これでヴィクトルは槍を使えないと思ったが!
今度は矢が飛んでくる。
ヴィクトルは剣・槍・弓、そのすべてが達人の域。でもこれは破格の強さだ!
防御の魔法陣を展開する余裕はなく、そのまま箒を動かし、矢をやり過ごす。だが次々と矢が飛んでくる。もう必死で避けたが、これは無理――っ!
矢を避けることはできたが、箒から滑り落ち、私の体は森へ向かい、落下していく。
バンジージャンプをしているような状態で、絶叫しながらも、地面が見えたその寸前でなんとか呪文を詠唱する。
「vent du nord(ヴォン・ドゥ・ノォード)」
地面から浮き上がったが、ものすごい冷たい風に涙目になる。同時に一メートルぐらいの高さから、やはり落下する運命からは逃げられない。
パカラッ、パカラッと蹄の音がして、愛馬に乗ったヴィクトルがこちらへ向かってきた。しかも騎乗で、弓に矢をつがえている!
ゲームの強制力は本当に容赦がなかった。
「左へ転がれ、アンジェリック様」
再びヴィクトルに言われ、私は無我夢中で地面を転がる。
ヴィクトルは必死に私に指示を出してくれるので、今のところ攻撃はどれも命中していない。ギリギリで避けることになっている。その際、切り傷・擦り傷・打ち身などを負っている状況だ。でもそれで済んでいるのが奇跡だと思う。
どれか一つでも命中したら、即死な気がする。
この戦闘はいつまで続くの!?
勝敗がつくまで!?
そうだ、そうなんだ。
「こ、降参するわ! 降参!」
地面に転がり、白のドレスはもう草と土で汚れた状態で、両手を上げた。
ようやく言えた。
これで勝負はついたわよね!?
そこで馬が止まり、ヴィクトルが構えていた矢を下ろす。
見るとヴィクトルも呼吸が荒く、アイスシルバーの髪も乱れている。
新雪のような肌もローズ色になり、強制的に私を攻撃することで、彼自身も体を酷使していたのだと理解できた。
自身も辛そうなのに、すぐに馬から飛び降り、私の所へ駆け寄る。
「アンジェリック様、大丈夫か!」
氷河のような瞳に、申し訳ないという気持ちが滲んでいるが、これは私が悪い。私が白金で作られた雪の結晶を不用意に持ち出してしまったから……。ヴィクトルは訳が分からないまま、強制的に戦闘態勢に入ってしまったに過ぎない。
「大丈夫です。グランデェ卿こそ、大丈夫ですか!?」
「自分は訓練を積んでいるから、問題ない。でもアンジェリック様は違う。……こんなにあちこち怪我が……」
その瞳に涙が溢れている……!
ヴィクトルのこんな表情、前世ゲームをプレイ中にも見たことがない。
かなりドキッとしながら「この程度の怪我なら、ポーションで治りますから、問題ないです」と返事をし、白金で作られた雪の結晶をポケットから取り出す。
「忘れないうちに、これを」
だがヴィクトルの顔色が変わる。
「これのせいで、突然、自分は、アンジェリック様を襲うことになった。今すぐ捨てよう」
「もう大丈夫です。これは北の魔女である私と戦闘した証として渡すもの。とても重要なものです。大切な方に、ここぞという時に渡すものですから」
その言葉にヴィクトルは、じっと白金で作られた雪の結晶を見て、大きく息をはく。
「確かに先程のように、体は勝手に動かない。よって問題はないのだろう……。受け取ろうか」
ようやくヴィクトルが受け取ってくれたことに、安堵する。
これでなんだか役割を果たした気分だ。
「家まで送る」
「ありがとうございます。……その前に、箒と、グランデェ卿の槍を」
魔法を詠唱し、箒と槍の位置を掴み、回収する。
その際、なんだか違和感を覚えた。
この森には、私の魔法があちこちにかけられている。
自分がかけた魔法は、ある程度離れた場所でも検知できた。
私の魔法とは違う魔法を感じる……。
一方のヴィクトルは、戻って来た自身の槍を見て、しみじみとため息をつく。
「……魔法を使えるのは、便利だな」
「そうですね」
その時だった。
ヴィクトルはハッとして手にしていた槍を動かそうとしたが。
「ストップ。動いたら、死ぬぞ」
完全に背後をとられたヴィクトルの首には、シャムシェール(曲刀)が押し当てられていた。