25:ゲームのアイテム
リュカとジャックとの最後の戦いを終えた。
森から去る二人には、ゲームでお馴染みのアイテムを渡している。
アイテム。
それは北の魔女であるアンジェリックと戦闘を行った証であり、そしてヒロインへのギフトとなる。そう、ヒロインに告白された時、攻略対象が返事と共に贈るギフトだ。
アイテムは気づけば私の家に用意されており、本能で「あ、これ。私との最後の戦闘を終えたら渡すものだわ」と理解していた。私が負けようが、勝とうが、その勝敗に関係なく、渡すものだ。
攻略対象が持っていると、戦闘に有利なアイテムになるが、ギフトとして他人の手に渡ると、ただの物になるだけだ。
リュカに渡したのは、黄金で出来た薔薇。
ジャックに渡したのは、シルバーで生成した翼。
部屋にはあと二つが残っている。
アランに渡すブロンズ製の指輪。
ヴィクトルに渡す白金で作られた雪の結晶。
私が持つこのアイテムは、南の魔女のイネスも持っている。全く同じものだ。よってアランはそちらでブロンズ製の指輪を手に入れている可能性が高かった。
ヴィクトルにこれを渡す機会は、あるのかしら……?
ひとまず明日の朝、聖なる泉がある聖域にでも行ってみようかな。
この白金で作られた雪の結晶を持って。
本来、魔女と戦闘をしないと渡せないものである。よってこれを持っていき、ヴィクトルに渡そうとしても、渡せない可能性が高かった。何より、リュカとジャックはもう私に戦闘を挑まないだろうし、森へは来ない。だからヴィクトルも、聖域に現れない可能性も高かった。
「ゴ主人様、モウ寝ルノカ?」
ノワールがパタパタと飛んできて尋ねた。
私はリュカとジャックと戦闘だったが、ノワールは家でずっと留守番をしていたのだ。退屈だったし、私と遊びたいだろう。それに寝るにはまだ早いが……。
「今日は沢山魔法を使ったから。疲れてしまったの。だからもう寝るわ」
「ソウカー、オヤスミ!」
「ええ。おやすみ」
いつもの白い寝間着に魔法で着替えると、ごそごそとベッドに潜り込む。
入浴は明日の朝にします、おやすみなさい――と独り言を呟き、目を閉じると、ものの数分で私は眠りに落ちた。
◇
翌朝。
カーテンを開けたまま休んだので、朝陽を浴びると同時に目覚めた。
初夏の朝陽は、日の出と同時に暑さを主張しているように思える。
このままここで寝続けたら、こんがり日焼けをしそうだ。
起き上がり、伸びをして、魔法で入浴の準備を整える。
すぐにノワールが飛んできて「オハヨー! オハヨー!」と騒がしくしている中、ぬるま湯に身を沈める。その後、体と髪を洗い、ビターオレンジやベルガモットを調合した香油を全身に薄くのばす。
初夏にこの柑橘系の香りは、さっぱりして気持ちがいい。
髪は魔法であっという間に乾く。たまにはと思い、白のドレスに着替える。レースやリボンがランベンダー色だ。姿見に映る自分は、いつもと印象が異なる。
朝食は黒パンでオープンサンドを作った。
スライスしたパンにバターを塗り、缶詰のニシンをのせたり、夏野菜をのせたり、ハムやチーズをのせたり。使い魔のノワールはなんでも食べられるので、一緒に朝食を楽しんだ。あとは魔法でいつも通りに家事をこなし、置時計を確認する。
いつもこの時間には、ヴィクトルは聖域にいるはずだ。
ドレスのポケットに白金で作られた雪の結晶を忍ばせ、ノワールを連れ、箒と籠を手に家の外へ出る。
「オ散歩、オ散歩、嬉シイナ」
ヴィクトルが絶対に通らないルートを低空飛行して、聖域の近くまで行き、箒から降りる。箒を小さくして、籠にいれる。籠には菜園で収穫した黒イチジクが入っていた。今が旬で食べごろだ。
ヴィクトルはいるだろうか?
ノワールには、離れた場所で待機しているように伝え、聖域に入る。
いつも通り、背筋が伸びる静謐さがあった。
そして。
いた!
黒の軍服にグレーのマント。宝飾品はシルバーで統一されている。
あれは王立騎士団の団長の軍服。
本来、聖騎士団の団長になっているはずなのに。やはり神聖力が発現しないため、ヴィクトルは私が知るゲームの展開とは違う完成形に向かっていた。ヴィクトルとヒロインの仲が深まるきっかけは、薔薇の棘が刺さったヒロインの指を、ヴィクトルが神聖力を使い回復することだったはず。
神聖力が発現しないことで、ヒロインの攻略対象から、ヴィクトルは外れてしまうのではないかしら……?
そんな心配をしながら、一歩、二歩と、聖なる泉のそばに立つヴィクトルに近づく。
グレーのマントを着用することで、碧みがかったアイスシルバーの髪の美しさが、引き立って見えた。ここから見えるヴィクトルの横顔には朝陽があたり、崇高さを感じさせる。
閉じられていた瞼がゆっくり開き、長い睫毛の下の氷河を思わせる瞳が、ゆっくりと私に向けられた。