20:ここは魔女らしく、先手必勝で。
「ああ、すまないねぇ。いかんせん、見ての通りの年寄りだからさ。お手柔らかにお願いしますよ」
これにはリュカとジャックが顔を見合わせている。
「そう言われても無理ですね。この六年間。辛酸を嘗めさせられてきましたから」
リュカが口元に皮肉な笑みを浮かべる。
まあ、そうなるわよね。
だったら。
ここは魔女らしく、先手必勝で。
「Enchevetre」
一応、この日に備え、バリケードのようにカラタチを植えていた。棘があるので前世日本では生垣によく使われている植物だ。このカラタチをツタのように、呪文を唱え、二人へ向けた。まずはリュカとジャックを分断させる。最初に潰すのはブレーンとなるジャックだ。
二人は私の思惑通り、カラタチの棘を避け、左右に分かれる。
「attraper」
呪文に応じ、ジャックの足を、地面から現れたゴーレムの腕が拘束する。
すかさずジャックが剣をゴーレムに振り下ろす。
「prendre」
ジャックの剣を取り上げようと呪文を唱えるが、驚いた!
剣のガードに鎖をつけ、自身の手首に巻き付けている。
魔法で剣を取り上げられることは、想定済みだったのね。
さすが頭脳派のジャック!
「defense」
驚いた。
すぐ近くに迫ったリュカが、私に剣を振り下ろすところだった。
慌てて防御の魔法陣を出現させた。
盾のように展開された魔法陣が、リュカの剣から私をガードしてくれる。
「!」
リュカに気を取られている間に、ジャックがゴーレムを破壊している。
頭は地面の下で、腕だけ地面から出し、ジャックの足をつかんでいたのに。
ジャックは剣を地面に突き刺し、呪文書ごと頭を串刺しにしていた。
「お覚悟を!」
リュカが素早く体の位置をずらし、私の方へと迫る。
こんな還暦姿の魔女を見ても、リュカの碧眼の瞳は鋭く輝き、そこには手加減も躊躇もない。
本気で倒しに来ていると分かるので、こちらも加減はできない。
多少、痛い思いはしてもらうことになる。
「Enchevetre」
カラタチの棘が、リュカの両足に絡みつく。
リュカは乗馬用のロングブーツを履いている。だがカラタチの棘は、魔法で強化していた。革を貫き、肌を直撃しているはずだ。
「殿下!」
リュカに駆け寄ろうとするジャックに向けて「glacon」と叫ぶ。
首から下が氷結したジャックは「くっ!」と呻き声をあげ、その場に転がる。
「殿下、火薬を!」
「glacon」
火薬を取り出そうとしたリュカの両手を氷結させる。
「Golemisation」
私のローブの袖から呪文書が飛び出し、ジャックの口の中へと向かう。
人間のジャックをゴーレムにすることはできないが、呪文書が口に入れば、声は出せない。
ブレーンであるジャックがリュカに、指示を出すことを封じた状態にする。
「!」
リュカの手は、氷結させたつもりだが、聖剣を持っているからだろう。魔法を跳ね返されており、リュカは火薬が入った小袋を取り出していた。
森で火を使うのはアウト。
これまで一度も火を使っていなかったのに。
私を倒すだけではなく、森そのものも破壊するつもりなのね。
それはダメよ、リュカ、ジャック。
こうなったら……。
「Enchevetre」
カラタチが、火薬の入った袋に絡みつき、「つうっ!」と叫んだリュカが手を放す。
聖剣を持つリュカに魔法は跳ね返されても、火薬の入った袋は無防備だ。
よし。
火薬はこの場から排除よ。
「souterrain」
地中にいるゴーレムに呪文で命じると、火薬の入った小袋が地中へと潜り込む。
これには驚いたリュカが私に怒鳴るようにして尋ねる。
「な、何をしたのですか」
リュカは驚きつつも、ジャックの時のことを思い出したようだ。
地中にゴーレムがいると気づき、剣を地中に突き刺そうとする。
それはさせない!
「vent du nord(ヴォン・ドゥ・ノォード)」
今は初夏。だがそうとは思えない、冷たい風が、リュカを吹き飛ばす。
ところがすぐにリュカは、風を聖剣で防ぐ。
防ぐというより、魔法で起こした風を跳ね返した。
もっと後退させたかったが、それは無理だった。
でもジャックはもう動けない。初夏ではあるが、あの氷が完全に溶けるには時間がかかる。その間にリュカを倒す。
というか……本当に。
強くなったわね、リュカ!
聖剣を手にこちらへ向かってくるリュカに向け、叫ぶ。
「defense」
防御の魔法陣を展開させた。