2:凹む必要はない!
そしてその日は突然、訪れる。
「みんな、よく成長しましたね。これからはそれぞれのエリアに向かい、そこで活躍してもらうことになります。皆さんが赴くのは、剣と魔法の世界です。北の魔女であるアンジェリックが向かうのは、フラン王国の『黒の森』よ。南の魔女であるイネスが向かうのは『青の海』で……」
ここで私は「うん!?」となる。
剣と魔法の世界!? それってファンタジーで王道の世界では?
しかもここで初めて自分の名前と立場を明確にされたが、北の魔女と、アンジェリックに聞き覚えがある。
光から渡されたラベンダー色のドレスに魔法を使って着替え、ディープロイヤルパープルのローブを羽織り、完璧に前世記憶を思い出す。
私が大好きだった乙女ゲーム『恋するプリンセス~心を溶かす甘い時間を君に~』(通称“甘恋”)に、北の魔女であるアンジェリックというキャラクターがいたはずだ! まさに、この色のドレスとローブを着ていたじゃない!
甘恋は、タイトルこそイケていないが。秀逸なキャラデザと人気声優が起用され、しかもレベル上げがしやすいことで、ライトユーザーからヘビーユーザーまで、多くのファンを抱えていた。
レベル上げがしやすい理由は、デイリークエストで、レベル上げに必要なアイテムがドロップしやすいから。デイリークエストは、たいがい一度クリアすると、二回目はアイテムがドロップしない。経験値が増えるだけだ。だが甘恋は、二回目以降もアイテムがドロップしてくれる。ゆえに皆、時間を見つけては、アイテム欲しさにデイリークエストを周回していたのだ。
デイリークエストは四種類あり、北の魔女であるアンジェリックが暮らす「黒の森」と、南の魔女のイネスが住む「青の海」は、毎日解放される。東の魔法使いのリシャールが潜む「銀の山」、西の魔法使いであるモリスが治める「赤の砂漠」は、上級者向けで、週末のみに解放されていた。
前世では、経験値上げとアイテムのために、デイリークエストを周回していた。つまり毎日のように、アンジェリックを、しかも何回も見ていたのだ。よって間違いない。この空間に鏡はなく、自分の姿を見たことがなかった。でもアンジェリックの瞳は、高貴さを感じさせるスミレ色のはずだ。
髪がプラチナブロンドであることは、確認できていた。このまま成長すれば、このプラチナブロンドは、サラサラのロングストレートとなる。さらに大変メリハリの効いたボディに恵まれ、それは美しい魔女になるはずだ。
しかもゲームの設定では、アンジェリックは永遠の美をキープしている。前世のように「私、アラサーだわ」と凹む必要はない!
「……ということで、皆さん、それぞれのエリアに行き、自身の役目を果たすようにしてください」
光の説明を、ろくに聞いていなかった。でもまあ、甘恋は散々プレーしているから、大丈夫だろう。分からないことなんてないはず。
一瞬。こうも考えた。
せっかく乙女ゲームの世界に転生したのに、ヒロインじゃないんだ~と。さらに言うならば。よくある悪役令嬢での転生ではないことに、驚きもした。かといってモブ転生なのかというと……。名前もある。しかも甘恋のプレイヤーなら、ほぼ百%の認知度と、高接触率のキャラクターに転生したのだ。
いいのではないかしら。名前すらない背景用モブだと、あまりに存在感なさ過ぎる。対してアンジェリックは、準モブのようなものだが、乙女ゲームの周回用デイリークエストに登場する中ボス(魔女)なのだ。可もなく不可もなくという感じだろう。
こうして私は十五歳で、北の魔女のアンジェリックとして、「黒の森」に送り込まれた。「黒の森」は、その名の通り、俯瞰して見ると黒い森に見える。だが黒い葉や木が林立しているわけではない。トウヒの木が密集して生えることで、光が射しにくいこともあり、暗く黒く見えるだけだ。
しかも草地や湖もあり、童話に出てきそうなアンジェリックの家もある。
アンジェリックの家、それは三角お屋根に煙突の一軒家!
森の中で自給自足なんて、前世だったらそれこそ大変。でも私は魔法が使える。必要な物は魔法で何でも揃う。
魔法があればどこでも楽園に変えることができる!
部屋の中は思いっきり、ラブリーに仕上げた。
天蓋付きのベッドに薔薇柄の壁紙。壁紙とお揃いのソファセット。カーテンは贅沢にレースを使い、シャンデリアを飾り、毛足の長い絨毯も敷いた。銀食器を揃え、素敵なドレスも沢山並べる。使うことはなさそうだが、立派な馬車も用意してみた。
せっかく王様やお姫様、騎士がいる甘恋の世界に転生したのだ。思いっきりその世界観を体感できるように準備し、大好きな乙女ゲームの世界を堪能するわ!と考えたのけど。
それは……甘かった。