19:現在、還暦設定。
「北の魔女のアンジェリック、今日こそ、あなたを倒します。お覚悟を」
「殿下が手にしているのは、聖騎士団の宝剣であり、聖剣として知られるラダルナの剣です。この剣は魔法を跳ね返し、魔法から身を守ると言われています。勝負にはならないでしょう。どうか無駄な争いにならないように。偉大なる北の魔女様には降伏をおススメします」
宝剣であり、聖剣であるラダルナの剣を手にするのは、リュカ・ジョゼフ・ブルボン。ブルボン国の第二王子であり、十八歳になった。黄金の髪はひと房を三つ編みにして下ろし、耳には黄金のピアス。碧眼の瞳の上には、意志の強さを感じさせるキリッとした眉が見えている。
六年前に初めて会った時は、子供だったのに。
現在は十八歳。背も伸び、しっかり体が出来上がり、ロイヤルブルーの軍服も見事に着こなしている。はためく白のマントには金糸で王家の紋章も刺繍されており、見るからに王子へと成長していた。
私に向けて「おいっ、北の魔女のアンジェリック、今日こそお前を倒してやる! 姿を現せ!」と怒鳴っていたのに。今は、前世ゲームで見たまま、聞いたままのセリフを口にしている。特に「お覚悟を」はリュカの決め台詞だった。
そのリュカのそばにいるのは、宰相の息子ジャック・カレ。
ダークブラウンの長髪は、変わらず後ろで一本に結わいている。眼鏡越しの翡翠のような瞳は、深みが増し、二十三歳となった今、貫禄が増していた。いつぞやかの春の日。美しいニンフの女王をウットリした顔で追いかけていた時の面影は……ない。
ジャックは降伏をすすめているのに、その手にはしっかり剣を持っている。まさに頭脳派でありながら、武道派でもあった。ペンと剣を持つその姿を想像すると、前世でこんな大学のマークがあったわよねと思ったりする。
ということでこの二人と対峙する私は。
ラベンダー色のドレスにディープロイヤルパープルのローブ。
ストレートのプラチナブロンド。スミレ色の瞳。
寸胴なウエスト、短い手足、豊かな胸。
現在、還暦設定。
そう。
北の魔女であるアンジェリックは、強い魔力を持つ=ベテラン=還暦ということで、魔法で見た目を変えていた。
見た目を変えてまでリュカとジャックの前に出ることになったのは、二人のレベルがMAXまで成長したからだ。もはや霧やゴーストやニンフ、ツタでは相手にならなかった。
ということで私が二人の前に姿を現すことになったわけだ。
私が以前行ったシミュレーションでは、リュカに倒されると「かなり痛い」。そしてジャックに倒されると「SAN値がとんでもないダメージを受ける」という予想だったが、これに変わりはないと思う。
できれば二人同時で相手はしたくなかった。
でも昔からリュカとジャックは、一緒に森へ来ていた。
よって二人の相手を同時にするのは……仕方ないわね。
ここにヴィクトルがいないのがせめてもの救い。
でも魔女と直接対峙するのだ。
これまでとは勝手が違う。
それにリュカはもう、ヴィクトルに見られても恥ずかしくないぐらいの剣術を身につけている。よってヴィクトルがこの場にいても、いいと思うのだけど、彼の姿はない。
まさか今日もまた、魔物退治をしている?
もしくは聖域にいるの……?
「北の魔女様。我が殿下が『お覚悟を』と言っているのです。ここは一言、物申すべきでは?」
私がヴィクトルについて考え込んでいたので、ジャックが少しイラっとした顔で睨んでいる。
「ああ、すまないねぇ。いかんせん、見ての通りの年寄りだからさ。お手柔らかにお願いしますよ」