18:前世ゲーム知識を持つ私でも予想がつかない!
「……掴まえました……!」
まさかの手首を掴まれ、もう心臓が止まりそうになる。
すぐに魔法を使おうとしたが、ジャックは手をすぐにはなし、その場でひれ伏すように座り込んだ。まるで神を拝むような姿勢であり、前世言う所の土下座状態に、ビックリしてしまう。この世界には、土下座文化はないのに!
「頼む。消えないでください。ほんのわずかな時間でいいですから。ニンフの女王のそのお姿を、この目に焼き付けさせてください。むやみに触れたりしません。レディの手を断りもなく掴むなんて。本当に申し訳ありませんでした」
やはり地面に額をつけるように頭を下げ、これはもうザ・土下座スタイルにしか見えない。そして話しかけられ、どう答えていいかも分からない。ニンフはクスクス笑い、逃げ、歌うのが基本。ジャックに請われた通りにする必要はない。
ということで、再び駆けだすと。
「お待ちください!」と追ってくる。
もう、無理と思い、ツタを使い、ジャックのことは拘束。その間に私は無事、逃げることができた。
そう思ったら!
「女神がいる……」
今度はリュカ!
こちらは追われる前に、早々にツタで逆さ吊りにして、逃げ出すことにした。
ただ分かったことがある。
男というのは、結局はそういう生き物ということ。
ニンフのような芸術的に美しい女性を見れば、鼻の下を伸ばし、追いかけたくなるということだ。おかげでツタが枯れる秋になるまで、霧とニンフといい香りで、リュカとジャックをメロメロにすることができた。
メロメロ……というか、一度見た私をそれぞれ「ニンフの女王」「女神」と勘違いし、勝手に再会を願ってくれた。私の討伐どころではなく、女王と女神探しで、森を彷徨っている状態だった。
それでもツタのトラップがあるので、そこから抜けだすことで、経験値を上げていたようだけど。
ともかく春と夏と秋が巡り、再びの冬を迎えることになった。
ところが。
ヴィクトルの神聖力は、未だに発現していない。
発現はしていないが、聖域で鍛錬は積んでいる。間違いなく彼の中の神聖力のレベルは、とんでもなく上昇していると思うのだ。それなのに発現しないのは、なぜなのか。不思議でならない。
もしかすると……。
神聖力は確率で手に入るものだった。そして一定の経験値を積み、聖域での鍛錬を経れば、必ず発現した。少なくとも私が前世でプレイしている時には。でももしかすると、この乙女ゲームの世界では、神聖力の発現さえも、確率だったりするのかしら……?
私は未プレイだったが、ハードモードも存在していた。周回のデイリークエストは、モードとはあまり関係ないが、この世界全体がハードモードの設定だったならば! ヴィクトルの神聖力がなかなか発現しないことも、納得であり、理解できてしまう。
それになんだかんだでヒロインの攻略対象は、もう何年も周回を続けている。前世では十字軍の遠征は二百年に渡り、七回行われたと言われていた。二百年に比べれば、数年なのだ。これでハードモードとは、言わないかもしれないが……。
「自分は……ソアに対し、格好をつけた言葉を告げてしまった。神聖力が発現する前提で『北の魔女であるアンジェリックのことは、自分に任せてくれ。彼女の誤解は自分が必ず解く』なんて言っていたが、この様だ」
初雪になりそうな、底冷えする日だった。
雪が降れば、去年と同様、霧とゴーストと雪で、なんとかなる。だから今日は、リュカとジャックには北風と落ち葉、毬栗で応戦していた。そして私は聖域に向かい、久々にヴィクトルと会ってみたのだ。
邪魔をしない方がいいと思い、夏の終わりに差し入れでピーチタルトを届けて以降、聖域には足を運んでいなかった。だが今回。久しぶりに顔を出してみると、変わらず端正な顔立ちをしており、その体は引き締まったように思えるが、さすがに元気がない。
弱音を漏らすような言葉を口にしている。
その一方で、着ている軍服の階級は上がっていた。王立騎士団の副団長が着用する、濃紺の軍服姿だった。
このままでは王立聖騎士団の団長ではなく、王立騎士団の団長になってしまうのでは?
そんなことを思いつつも、今は励ましの言葉をかけるしかない。
だが不安は的中し、でもそこからとんでもない事態が起きるなんて!
ヴィクトルは勿論、前世ゲーム知識を持つ私でさえも、予想できずにいた――。