17:遊び心で趣向を凝らしたところ……。
ヴィクトルを聖域に案内し、三ヵ月が経った。
雪はすっかりなくなり、森の中には春が訪れている。
水仙、タンポポ、ミモザ。
私が種を蒔いたパンジー、チューリップ、ポピーの花も、美しく咲いていた。
マロニエは良い香りを漂わせ、オルレアの花畑は名残雪のように見える。
こうなるとツタが大活躍になるが、いつも通りの霧とゴーストとの組み合わせでは、芸がない。
そこで趣向を凝らすことにした。
霧の代わりに、芳しい花の香りを。ゴーストの代わりで、美しい女性のニンフを魔法で作り出した。勿論、彼女達は実在しない。だが男性を虜にするような笑顔を振りまき、うっとりするような歌声を響かせる。そこに華やかな花の香りが漂うのだ。
ニンフに見惚れ、ぼーっとするリュカやジャックの足元を、ツタがすくう――というのが今回の趣向だ。
さらにお年頃のリュカがドキッとするような仕掛けも考えた。ニンフは透けるような布をまとうが、その体のラインはしっかり見てとれる。
ふっくらとした胸、くびれたウエスト、ひきしまったヒップ。
はちみつ色のウェーブを描く髪を揺らし、エメラルドグリーンの瞳で微笑む。
これは思春期のリュカには、たまらないだろうと思ったら……。案の定、すっかり目を奪われ、剣は地面に引きずられるような状態。もう目がトロンとして、実在しないニンフの後を追いかけている。
ここで意外だったのは、ジャックだ。
堅物ジャックが恋をする相手はヒロインだけ。例えヒロインが自身以外を選んでも、一途に思い続けるのがジャックだった。
だが、今は。
ジャックまでもが、ニンフに目がハートになっている。
「なんて美しいのでしょう。殿下、この美は人智を超えています。通常、あれだけ胸が豊かであれば、それ以外の体のあらゆる部分も、ふくよかになるはずなのです。それなのにあの胸の大きさで、あんなに手足もウエストもお腹もほっそりしているのは、奇跡。まさに芸術作品のようです」
このジャックの反応が珍しく、私は……普段より、近づいてしまった。
一方のリュカは、もう酔ったようにニンフの後ろを追いかけ、森の奥へと入っていく。ジャックは小川の方へとやって来て……。
まずい! 見られてしまう。
咄嗟の判断だった。
周囲にはニンフがいたのだから。私もニンフのフリをすればいいと。
でもあまりにも急だったので、衣装をギリシャ風のキトンに変えるのが精いっぱい。しかも色まで変えることはできず、ラベンダー色のキトンに、ストレートのプラチナブロンド、瞳はスミレ色という状態。つまり、服以外は普段の私そのまま!
これは……。
完全に他のニンフに対し、浮いている!
体型は、ゲームの北の魔女であるアンジェリックのナイスバディな設定のおかげで、同化できていた。だが衣装と髪色、瞳が他のニンフと違うので、圧倒的に目立っている。
早々に逃げなければと思った。
だが。
「……あなたは、もしやニンフの女王ですか!?」
興奮気味のジャックに、呼び止められた。
思わず“女王!?”と反応しそうになるが、無視する。
他のニンフを真似し、クスクス笑い、飛ぶようにして駆けだす。
このままなんとか逃げ切ろう。
そう思い、チラリと振り返る。
後ろで一本に結わいたダークブラウンの長髪を揺らし、ジャックが私を追いかけていた。しかも眼鏡越しに見える翡翠のような瞳は、もうウットリしている。現在、二十一歳。そんな顔をしている場合じゃないでしょう、ジャック! リュカのこと、放っておいていいの!?
そう思いながら、ジャックを巻こうと、軽やかに、歌いながら走っている。
だが後ろを見ると、ディープグリーンのセットアップにブーツのジャックが、しっかり追って来ていた。
ニンフを出す時は、二度と二人に近寄らないようにします。
お願いです。どうか逃げきれますように。
神に祈るが、願いは届かない。
届かないどころか。
「……掴まえました……!」