16:未来の平和の担保を得る
誰と戦い、敗北するのが、一番痛くないのか。
リュカは絶対にダメだ。むやみやたらに剣を振るうことはなくなったが、斬っていい、刺していいとなると、容赦がない。多分、私の息の根を「うっかり止めてしまった」というリスクが一番大きいのが、リュカの剣だと思う。よって、リュカに倒されると「かなり痛い」だと思う。
次にジャック。ジャックは身体的なダメージを私に与えることはないと思う。いくらリュカに付き合うことで剣の腕を上げても、ジャックは頭脳派だ。私を敗北させる時は、きっと言葉の鞭によるだろう。私の魂が抜けるような、ひど~い言葉を並べ立て、再起不能にしそうだった。つまり、ジャックに倒されると「SAN値がとんでもないダメージを受ける」と思うのだ。
ではアランはどうか。アランは正直、この森に来ない気がした。そもそもアランが生まれた国は、西の魔法使いであるモリスが治める「赤の砂漠」に近いし、黒の森より、南の魔女のイネスが住む「青の海」の方が近かった。
それでもアランが現れた場合。固有スキルである気配遮断力を生かし、本気で殺害するために、私へ近づくと思うのだ。そしてその方法は、まさに瞬殺。「あっ」と気づいた時には、私の魂は天に召されている気がした。アランがこの森に現れたら「即死」。出現確率は限りなく低いが、出会ったら最期と思えた。
この三人に対し、神聖力を発現したヴィクトルであれば。己の騎士道精神にのっとり、武器をもたない私に対し、剣・槍・弓での戦いは挑まないと思うのだ。私が魔法を使えば、神聖力を使い、解除する。ヴィクトルが相手なら、攻撃ではなく、私が白旗を振り「降参」で決着がつきそうだった。
できれば痛い目にあいたくないし、ましてや即死したくない。それに精神的ダメージも受けたくないと思っている。そうなるとヴィクトルが神聖力に目覚めてくれることは、私の今後の平安につながる気がした。
ということでこの聖域に相応しくない、自分の未来がいかに平和になるかという、利己的な理由でヴィクトルを案内していたが。ヴィクトルは私のそんな意図には、全く気が付いていない。
「ここに来るまでの道のりには、印もつけましたし、帰りもその印を辿れば問題ないと思います。聖域での鍛錬には、雑音の遮断が重要ですよね。……私は戻りますので、どうか頑張ってください」
「……ソア、君は」
「はい」
立ち止まり振り返ると、陽射しを受けたヴィクトルの全身が、神々しく輝いているように見えた。
「君は、北の魔女であるアンジェリックの友達なのだろう? 自分の友が彼女の相手をしていると聞き、不安ではないのか?」
「それはどういうことですか?」
「ソアの話を聞く限り、アンジェリックという魔女は、悪人に思えない。でもいくらそれを友に話しても、『実物に会ったわけではない。だがこうやって攻撃を仕掛けてくるんだ。悪人に違いない』そんな反応だ。そして友は、アンジェリックの魔法を押さえるのに、大いに役立つと思っている。自分が神聖力を発現すれば」
そこで雲が太陽を隠し、ヴィクトルの輝きが抑えられる。
「つまり自分の神聖力が発現すれば、ソアの友である魔女を、傷つけることにつながる」
つまり神聖力で、ヴィクトルが魔法を解除できれば、リュカが北の魔女に攻撃を加えるということだ。
アイスブルーの瞳に影が落ち、アスファルトのような黒みを帯びている。
「そんなことはないと思います。神聖力で魔法を解除し、魔女に『降参』を引き出せるのは、グランデェ卿だけです。卿の友より先に、魔女を降参させ、弁明の機会を与えて欲しいと思います」
雲が流れ、再び陽射しがヴィクトルを包み込む。
先程以上に光り輝くヴィクトルが、微笑んだように見えた。
「……分かった。北の魔女であるアンジェリックのことは、自分に任せてくれ。彼女の誤解は自分が必ず解く」
アイスブルーの瞳が、いつものように透明に煌めいている。
思いがけず、未来の平和の担保を、ヴィクトルからもらえた。
これは嬉しくて、笑みがこぼれそうになる。
にまにましそうになるのを堪え、聖域から離れた。